不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小4の終わり。きっかけは突然やってきた。学校の理科実験『ピンクの噴水』から起こったこと

<ピンクの噴水事件>


あれはそう、小学校4年の
冬。

当時、娘の小学校には理科専門の先生がいらして、『ピンクの噴水実験』をやりましょうという話になった。
今思うと、おそらくアンモニアの噴水実験と思われるその実験は、
主に中学校でやる。小学生が体験できる機会は少ないそうだ。
実験が好きな娘も、指折り数えながら当日を待っていた。
 
迎えた当日、仕事から帰ると目を泣きはらした娘がいた。夜九時前だったと思う。

同居の母に聞くと、どうやら、帰宅してからずっと泣いていたようだ。

そして、かなり思い詰めていた。
何でも実験の途中で男子がふざけて、アンモニアをこぼしてしまった為、娘のチームは実験失敗。

いや、失敗というより、はなから実験ができない状態になってしまったらしい。

これが、かねてから溜め込んでいた、娘の負の感情への、大きな引き金となった。


やりきれない。と娘は泣いた。「こんな生活はもう嫌だ」と。
「ふざけて良い時は、ふざけてもいい。でもやるべき時は本気でやる人たちと同じ学校に通いたい。こんな生活はもう嫌だ」と。

正義感は昔から強かったが、普段はおっとりしていて、感情的を剥き出しにしたり、環境の変化をのぞむことがなかった娘にしては珍しいことだ。
何より一歩も引かないのだ。
 
「まず区内で皆とは違う中学校へ行くという手段があるよ。でも、男子はどこの公立中でもそれほどは変わらないと思う。」
「もう一つ、受験して全く違う学校へ行くという方法があるよ。
でも、今からでは間に合わないかもしれない」そう話した。
 
「間に合わないっていうのは可能性もゼロということなの?」
「どこにも合格できないの?私はどんなことでも頑張る」と娘は食い下がった。

「ゼロではない、頑張ってみてそれでも合格できなかったら、今のままの中学校へ行くこともできるから。ただ、受験には手遅れかもしれない。」そう私は答えた。
 
ほぼ即答で「私受験したい」と娘が言った。これが私達の受験生活の始まりだった。

今思うと、娘は何時間も思いつめながら私を待っていたのだ。
それに対し、最初の返答となった私の発言は極めて重要だった。
にもかかわらず、浅かったと思う。母親として不十分だったとも思う。
いくらでも答え方はあったではないか。
 
でも、この時の私は、今後の2年間、私が話したこのひとことで、どれほど生活が変わるかなんて、予想もできなかったのだ。

 

 
 
 


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