不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

通塾スタート。2時間授業に送迎は必要か。送迎のメリットは、身の安全だけなのか。

<送迎はどうする>

 
 
早稲田アカデミーへ、通塾が始まった。
国算2科目スタートなので、授業は週2日。17時から18時50分まで。
 
当時、小学校から「17時以降、子供だけで出歩いてはいけない」と言われていた。
出発は17時前なので、ルール違反ではないが
早稲アカはどこも駅前だ。
駅前の混雑する人ごみの中に、一人で行かせたこともないので不安だった。
 
全く不思議なことに、日本では、送迎すると過保護と見られることがある。
私はそうは思えない。まだ小学生。とても安全だとは思えない。
 
そう、最初の送迎の目的は「娘の身の安全」だった。
 
私の帰宅は早くても20時。
 
同居の母に頼むしかない。母は渋々引き受けてくれた。
渋々なのも無理はない。母には夕食事作りもお世話になっていたのだ。
 
食事の話は長くなるので、またの機会に改めるが
父が存命の頃、仕事人間の私に、ある時、父が激高した。
「お前は食育※というものを、知らないのか!」と父は言った。
その時の父の顔は、今でもよく覚えている。
口惜しさと驚きで歪んだ、自分の顔も覚えている。
 
料理は好きだ。それに仕事と子育てを両立させようと、当時も必死だった。
けれど、ぐうの音も出ない。
どれだけ工夫しても、帰宅が遅ければ、食事の時間は遅くなってしまうし
遅くなるのも避けたい。何もかもは難しいのだ。
 
そこで、食事に対する両親の提案を、有難く引き受けることにした。
父が他界してからは、同居した母が引き受けてくれた。
だからこそ、私は仕事に没頭してこれたのだった。
 
母は迎えを嫌がったが、どうあがいても、19時の迎えは難しかった。
そもそも、19時前に会社を出ること自体、不可能に近い。
母は、駅前のデパートでブラブラしたり、書店で本を探したりしながら、
時間をつぶしてくれていたようだ。
 
 
しかし、今だから言えること。それは他でもない「送迎の時間」の重要性だ。
こと、「お迎え」の時間が、後の受験生にとって、どれほど大事になるか
この時は知る由もない。
人は一分一秒、忘却していくことについて、考えたこともなかったのだ。
 
母が送迎を引き受けてくれたお陰で『送迎の習慣』ができた。
これにより、後に大きく救われることになるのだった。
 
 
 
※食育・・・食品についての知識、食材の選択、食べ方、調理法、味覚形成など、心身の健康の基本となる食生活に関する教育を総合的に行うこと
明鏡国語辞典より
 
 
 
 


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