不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

もう初陣するというのか。鎧もつけていないのに。

<初めての公開模試>

 
入塾してすぐに、四谷大塚組分けテストがあると連絡が来た。
 
この公開模試は、早稲アカでは必須の模試となっており、授業料の一部に代金も納めているのだが、
九九の筆算を見た今、公開模試などおよそ受けるレベルに達していないというのが私の意見だ。
 
帰宅後、娘に話す。
 
「今度、組分けテストというテストがあるんだけれど、入塾したばかりだから受けない方が良いと思うの。どうしたい?」
 
娘は即答で「受ける」と言った。

「受けたい」とも「受けてみようと思うの」でもなく。
覚悟はできているというようなことも言っていた。
 
テスト後に泣く娘を思って、憂鬱になった。
宿題に出た問題も、教えはしたが、まだ自分の力で解けるほどのレベルではない。
 
そもそも、この頃の私は、「組分けテストの対策としての宿題」ということも知らなかった。
反復もさせていなかったし、どの範囲から、どんな問題が出るのか予想もつかない。
 
厳しい結果が出た早稲アカ入塾テストからまだ数週間だ。
正直に言うと、避けたかった。
 
今思えば、クラスの雰囲気として、受けないという選択肢はなかったのかもしれない。
クラス全体が組分けテストに向けて集中する。
何よりも偏差値というものに、この先ずっと縛られていく。
 
しかし、当時は、受けないという選択肢があると思っていたし、簡単にできるものだと思っていた。
私の方が、浅く見ていたのかもしれない。
 
何度も押し問答をしたが、結局、最初の組分けを受けることにした。
 
振り返れば、この頃から娘の性格は表に出ていた。
逃げも隠れてもせず、堂々と向かっていく姿は、この先2年間ずっと時に苦い思いをしながら見守ることになる。
 
よく言えば、さも勇ましく誠実な様であるが、悪く言えば、要領が悪いというか、考えが浅いというか、貧乏くじを引くタイプだ。
 
向かってくる矢を一心に受けながら、正面から、ゆっくりと前へ進んでいく姿は、正直恐ろしかった。
 
正面から向かわずに別のルートを探そうとか、盾を構えて身を守ろうとか、馬に乗ろうとか、何の策もない。
ただ、歩いて正面から、ゆっくり、ゆっくり進むのだ。

別の機会に改めて狙おうといった類の考えは、一切受け付けない。
「避ける」と「逃げる」は違うのに、と、もどかしく思った。
  
まだ小学生だ。この過酷な中学受験を一人で歩けるほど強くない。
歩きながら、大量の矢を受けて、散々泣くのだ。
泣いて、泣いて、壊れてしまうんじゃないかと思うほどに。
親として見ていて痛々しく、辛かった。
 
しかし、娘が一人の人間であること。
そこには肉体だけでなく、思考も存在していること。
 
私から生まれても、全く違う人格であり、全く性格も違うこと。
 
極論を言えば、私と娘とは「別人格」で、「他人」なのだということ。
 
これらについて、何度も思い知らされた2年間だった。
 
どこかで親子は似ているものだと、娘のことをわかった気でいた。
 
はっきり言って、それは、
ただの希望的観測だとうことを、あの頃の私は、まだ知らなかった。
 
 
 


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