不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

身を粉にして戦う。

<ママ塾のスタート>

 
こうして、怒りと決意により、ママ塾が誕生した。
 
この頃は、既に通勤時間と昼休みに勉強していることで、早稲アカの宿題のフォローは問題なくできるようになっていた。

問題は未習単元だ。
 
今抱えている仕事の案件による、ピークはあと1ヶ月半。
昨日までの私は、この案件に全力で向かおうとしていたし、向かいたかった。
多くの時間と努力を費やした甲斐あって、やっとここまで来たのだ。
私にしかできない重要な任務だったので、完璧に成功させることが目標だったのだ。
 
その為、昼夜問わず、気持ちも仕事の方を向いてしまっていた。
 
しかし、個別塾の先生による一言で火が付いた私は、出社していない全ての時間、心も頭もエネルギーも受験に向けることにした。
 
まず、朝の勉強を始めた。
夫が朝食を担当してくれていたこともあり、自分の身支度のみで、私も娘もギリギリまで睡眠を確保していたが、娘が早く起きれば、1時間程度、勉強を見てあげることができる。
 
次に土日の勉強時間を大幅に増やした。
今までは宿題ベースで時間的にはそう長くはなかったが、この頃から朝の7時から勉強を開始し、夜の22時まで。
食事と入浴以外の全ての時間、勉強をし始めた。
 
未習単元の中で、私が見て割とすぐに教えられる単元も多かったことが幸いだ。
 
平日の夜は、授業の復習。朝は簡単な計算問題と国語の読解。
土日は、算数については、前夜私が問題を解いておき、翌日を教える。
 
この時、教え方もしっかり考えておく。
自分が理解できることと、人に教えられること。このレベルの差は大きい。
自分が解けるレベルから、教えられるようになるレベルになるには3倍のエネルギーと時間がかかる。

娘が問題を解いている間には、娘の解き方を見ている。
やる気を損ねたら、時間の無駄なので、何もかも口出しをして否定はしない。
辛抱強く黙って見ている。そして問題が終わった後、
「なるほど。そうやって解いたんだね。でもこうすると楽だよ」といったアドバイスする口調で教えるようにしていた。
 
娘が漢字の勉強をしている時など、僅かながらも一人になる隙があれば、次の単元を解く。
毎週未習単元を、3単元以上、進めることにした。
 
平日の夜は仕事から帰って、娘の話を聞き、少し勉強を見て寝かせ、深夜問題を解いた。
睡眠時間は圧倒的に短くなった。
職場では仕事のプレッシャーで、体力的には今後の2年間で最もきつい時期だった。
 
それでも、例の事件があったからか、心が折れることも、弱気になることもはなかった。
そして、一日も倒れることはなかった。
集中力が切れそうな時、体力的にきつい時は文字通り歯を食いしばった。
重い案件が終わるまで後1ヶ月半だ。走ろう。
 
そこにはもう、意地しかなかった。
 
 

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