不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

助けてもらうというより、学ばせていただく。

<ピンポイント個別指導>


2度目の組分けが終わった頃には、
12月も半ばを迎えていた。
 
3回だけピンポイントで頼んだ個別塾の1回目が終わった。
担当のS先生と娘は久しぶりの再会だ。
 
突然の依頼。
更に、以前使っていた学校のフォロー用のテキストとは全く異なる、予習シリーズを使って、特定の単元のみ教えて欲しいと我儘を言ったというのに、さすがプロ意識の強い先生だと思う。
 
事前に、単元について準備してくれていた。

娘はすっかりこの心優しい先生に懐いていたが、私も先生の責任感の強さ好きだった。
 
久々の再会でも、挨拶で盛り上がって、授業の数分を無駄にすることもなく、早めに顔を出して挨拶をし、時間通り授業をしてくれた。有難い。
 
独学で教えていた私にとって、自分では解けるが、どうやったら娘が理解できるのか、ということを考えて教えることは、本当に難しかった。
 
こう説明しても、わからないのか、これでもわからないのか、と悩むことは、頻繁にあった。
 
そもそもまだ知らないことが多すぎるのだ。
今の娘に理解できるように、噛み砕いて教えることは簡単ではない。
 
それこそ、別の個別塾で、見捨てられたレベルなのだ。
短気だったら、鉛筆を放り出して、「もう知るか!」と言いたくなることもあるだろう。
 
土曜日にお願いしたので、授業後、すぐに私が話を聞ける環境も、とても良かった。
帰宅するとすぐに、二人でノートを広げた。
娘がどう習ったのか、ノートを見ながら説明してもらう。
 
私は、話をじっと聞いていた。
なるほどな、そう説明すればわかりやすいのかと感心する。
この際だから、S先生の説明を聞いて、娘への教え方について学ばせてもらおうと思った。
たった3回でも吸収できるものは、全て吸収したい。

 
有難いことに、S先生は半年以上娘の講師をしてくれていたので、娘の性格も学力もよく知っていた。
そして、どう話せば興味を持ち、どう説明すればわかりやすいかということも、この時点では私より、はるかに知っていたのだ。
感謝しかない。
 
早稲アカのノートは、本人が耳で聞いてきた部分が、いつも不透明だ。
帰宅後すぐに話を聞けないことが、やはり痛い。

夜中にノートを見るが、これはどういう意味なんだろうと首をかしげることがある。
私が直接授業を聞くことができれば、と悔しく思う。
もちろん、盗聴するようなことはしなかったが、録音をして聞いてみたかった。
 
 
しかし、今回3回の授業を取ったことで、私にとっての重圧もかなり楽になった。

この調子で冬期講習前に、全ての未習単元を終えてしまおう。
 
冬期講習という最初のゴールが、いよいよ近付いたのを感じ、嬉しく思った。

 

 

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