不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

新小5初めての組分け_社会。偏差値の概念を覆す衝撃の結果。

<新小5初めての組分けテスト結果_社会>

 
組分けテストの結果が返ってきた。
 
残すは社会だ。
 
国語がこんなに悪いとは思わず、先に国語を開いてしまった為に動揺してしまい、十分なフォローをしてあげることができなかった。
娘はそのまま社会の結果を見ずに、寝てしまった。
 
自分の心を落ち着かせる間、泣いたままの娘を一人にしてしまったことを思うと悔やまれる。
 
そんな自分に嫌悪した。
自分が学生時代の頃の、母の姿を思い出したからだ。
 
母は、私の悪い成績を見た時、悲しそうな顔をして、悲しそうな言葉をつぶやいた。
その姿に、当時の私は随分と傷ついた。
 
「試験場に向かって、問題と戦ってきたのは私なのに」と心の中で叫んだ。
「頑張っているのに」とも思った。
「慰めてくれたっていいのに」と自分の部屋で泣いたこともあった。
反抗期だったのかもしれない。

娘は私とは別の人間だ。
今も性格は違うが、当時の私と当時の娘の性格も違う。
学生時代の私と同じように感じるかは分からない。
 
私も一緒に勉強をしているからか、いち早く私と共有したいという考えの方が、娘には強そうにも見えた。
ならば、一緒に泣いた方が良いのだろうか。
 
落ち込んだ時、どうするのが本人にとって良いのだろう。
どういう態度が正解か、わからなかった。
 
組分けの結果から、随分と日が経ったある日、娘にさらっと聞いてみた。
 
「テストの結果を見て、ママも泣いちゃったらどう思った?」と。
 
「ママが泣くなんて余程のことだからな。」娘は言う。
「『ママが泣くってことは、この先も成績は上がらないし、受験は無理ってことだ』と思うだろうな」、娘は即座に言った。
 
やはり泣かなくて正解だったようだった。

社会については、完全に夫に任せていたので、正直に言うと、先生が授業中、何をお話されているかも知らなかったし、宿題もあまり確認していなかった。
 
平日の時間は、大量の理科のプリントを解くのがメイン。ほぼ同量で算数だ。
社会は土日しか勉強していなかったことになる。
 
社会の結果を見る前にも、ある程度の覚悟はしていた。
いや、覚悟はしていたはずだったというべきなのだろうか。
 
しかし、社会の点数と偏差値を見た瞬間、予想外の展開に、冷水を浴びた様な衝撃を受けた。
 
点数 20点/100点中
偏差値 29.71
順位 4196人/4353人中
 
 
え?偏差値29?

 偏差値30より下?

そんな偏差値あるの?
 
頭が真っ白になった。
一人で見たことだけが、せめてもの救いだった。
 
 

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