不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

転職。人生の変わり目。受験と仕事の両立をするには、意志の強さが必要だったのだ。

<転職。人生の転機>

 この頃、私はついに転職をしたところだった。
 
それまでの会社は、それはそれは情熱的に仕事をしてきたこともあり、しばらく燃え尽き症候群になった。
辛いと思うことも多かったが、やりがいはあった。
 
しかし、受験との両立がどうしても難しかった。
深夜にまで、返信が必要なメールが来てしまうこともしかり、急な休日出勤もしかり。
帰宅が早くても8時ということもしかり。
何より、私一人しかいないポジションだったので、他の人に任せられないことが問題だった。
 
受験も何もない状態で、家庭と仕事とをやっとの思いで両立させていたというのに、さらに受験の三本柱になるとお手上げだ。
理科と算数のH先生の熱血指導のお陰で、娘が本気を出して向き合い始めているのに、私のエネルギーがそこまで受験に向けられないことは明らかに良くなかった。
転職は、やむを得なかった。
 
新しい職場は、自宅から近く、残業が月5~10時間。
事前に申請して通れば、有休を取ることもできるという条件で選んだ。
 
今までと違い、自分の部署に沢山の人がいることも有難かった。
これで学校見学や学校説明会に行ける。そう思っていた。
 
しかしだ。
ほどなくして問題が起こる。
定時になって、帰宅の準備を始めた時だ。
周りの誰も、帰れる雰囲気ではないことに気が付いてしまった。
 
ここでだ、もっと強くあるべきだったと今となっては思う。
どちらを優先すべきなのか、受験か、仕事か、はっきり意識しておくべきだったのだ。
「何のための転職だ」と常に自問自答し、意識を強く持っているべきだったのだ。
 
受験が優先だから、この職場に来た。
ならば、自分の仕事をきちんと終えているのであれば、さっさと帰り、受験勉強に向き合うべきなのだ。
 
当時の自分の考えは、浅かったと思う。

「あの、今日は何時ころお帰りなのですか?」と迂闊にも隣の方に聞いてしまった。
「うーん、今日は終電までにはって感じかな」と返事が来る。
 
それで終わりにすれば良かったのに、「他の皆さんはどうですか」と更に聞いてしまった。
「〇〇とか〇〇とかは、20時頃かな。あとは遅いよ」
そこまで聞いても、模範的な返答は「そうなのですね。」だったはずだ。
 
にもかかわらず当時の私は、「何か手伝いましょうか」と、言ってしまった。
目の前しか見えていない、浅はかな発言だったと思う。
 
自分の置かれている立場をわかっていなかった。
この一言が、私の人生における仕事史上の境目になった。
 
 

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