不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

深夜まで残業した日。ようやく目が覚めた日。娘の強い意志によって、私は人生を変える決断をした。

<転職。人生の転機_3>


そんなある日のことだった。
 
その日は娘と算数をやろうと言っていた。
 
17時過ぎだったろうか、大幅に帰宅が遅くなりそうな日がとうとうやってきた。
 
「ちょっと電話をしてきて良いですか」と聞き、廊下に出る。
娘のキッズ携帯にCメールを打つ。
「ごめんね。今日は残業になっちゃいそう」。
 
以前の職場から考えると、こんなことは日常茶飯事なはずだった。
娘とて、大して気にしていないだろうと安易に思っていた。
 
やがて、時計の針が22時を超えた。
社内に残っている人も減ってきた。
 
そろそろ娘が寝る時間だった。一方入れておこうと許可を得て廊下に出る。
既に人気はなく、廊下は真っ暗だった。

 「ごめんね。先に寝てて」と急いで打つ。
返事はなかった。
 
時計の針が23時半を指すころ、ようやく会社のビルを後にすることが出来た。
急いでタクシーで帰る。
 
いつもは花見客で賑わっている桜並木も、この時間は静かなのかと、思いながらタクシーから外を見ている。
長い一日だった。疲れたなとぼんやり考えていた。
 
自宅に帰ってリビングルームを開けた。
その時だ。
私は、はっと我に返った。
 
そこには娘が、今すぐにでも、一緒に勉強ができるよう、
付箋を貼ったテキスト、ノート、コピーした問題、白紙、シャーペンや赤ペン、消しゴムまで、全て二人分、きっちりと並べてあった。
 
娘の勉強したい意欲と、勉強の約束を母親にすっぽかされた悲しさの全てが、そこには表されていた。
 
「あの子、携帯、見てなかったんだ・・・。」
やっと気が付く。
 
とめどなく涙があふれてきた。
私は一体、何をやっているのだ。
自分の情けなさに胸が張り裂けそうになる。
 
涙は激しくなって、嗚咽に変わる。
 「このままじゃ駄目だ。」
 
娘は私を待っていた。
仕事は代わりがいても、娘の母親は私しかいないのに。
娘のママ塾は、私でなきゃダメなのに。
 
「転職したらもっとたくさん勉強しようね。もう少し待ってね。」
以前の職場で、残業の都度、そう言ってきた。
 
娘は、今度こそ、熱く勉強できると私の言葉を信じていたはずだった。
 
にもかかわらず、私は、新しい職場でのポジションや、人間関係を重視して大切なものを後回しにし、裏切った。
 
完全に見失っていたのだ。
 
嗚咽しながら考える。
「私、仕事、やめるべきかもしれない」
 
娘は0歳4か月から保育園へ預けた。
産後も、フルタイムで11年頑張ってきた。
 
この仕事が好きだ。
しかし、熱意がある分、どうしても気持ちは仕事へ傾いてしまう。
転職してからは尚更、落ち着いていないし、周りの人を手伝って、
帰宅時間も遅くなってしまっている。
 
幸いにしてまだ試用期間。
今しかない。
 
私はこの晩号泣しながら、15年以上続けてきた仕事を、やめると決意した。
 
 

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