不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

仕事を辞めた反動。ボロボロの精神と、ゲーム問題。立ち上がれ私。

<仕事ロスとゲーム事件>

 
私は、陰でゲームをしていると知った晩、皆が寝た後、泣いた。
家にあった白ワインも久しぶりに飲んでしまった。
心が砕けやりきれなくなってしまったのだ。
 
確かに、仕事を辞める事は、自分で決めた。
しかし、15年以上仕事を続けてきたのだ、反動は大きかった。

何の為に、私は仕事を辞めて、ママ塾をやっているんだろう?
そんな風に考えてしまったのだ。
 
仕事を辞めた後、私は毎日、仕事の夢を見ていた。
そして、朝起きて「今日は何曜日で誰が来る日だ?今日、やることは・・・。」とその日を組み立てようとする習慣も変えられず、

寝ぼけながら、「あぁ私は仕事を辞めたんだ」と気が付いた後も、現実が受け入れられるまで起き上がれなかった。
 
ツーっと涙が落ちることも、よくあった。
 
まず、想像以上に、生活の変化が激しかったのだ。
多ければ、百人以上の人に「満月さん」「満月ちゃん」と声をかけられていた生活から、塾の先生と家族としか会話しない生活になった。
 
他にも達成感とか、やり甲斐とか、変化は沢山あるのだが、私には接する相手の数の変化が一番こたえ、心が悲鳴を上げていた。
 
しかし、自分が決めたことだ。
約束通り、夫には弱音は吐かなかったし、娘には元気で明るい母でいた。
 
そんな私を、影で私を支えてくれたのは、友人たちだ。

ご主人の転勤で、新卒以降働いていた職を辞めて、海外駐在になった友人が、気持ちがよくわかると言って愚痴を聞いてくれ、温かいメッセージをくれた。
彼女とは別の、海外に住む友人も、テレビ電話をしながら、次のステージでもきっと頑張れると励ましてくれた。
 
友人達の助けもあり、頑張ろうとしていた。
そんな矢先の、ゲーム事件だった。
 
冷静でいられなかったのは、私自身が仕事ロスで、病んでいたからだろう。

しかし、いつまでも落ち込んではいられない。
もう一度自分を奮い立たせる。
立ち上がれ私!立ち上がれ!

数日後、ようやく心が前へ向かって動き始めた。
 
夫が言うように、息抜きは必要かもしれない。

また、夫としても、近頃娘との関係を難しく感じている様に見えた。
公園へ連れて行けば喜ぶ年でもなく、共通の話題も減っていたからだ。
 
だからこそ、ゲームだったのかもしれない。
夫の方が、事前にゲームをやりこんで、娘に教えているのは、コミュニケーションの一環でもあったのだろう、そう考えられるようになった。
 
一時間のリフレッシュか。私は考える。

ならば、笑えるテレビ番組を、夫と娘と私の3人で見るのはどうだろう?

笑うことはストレス発散に有効だ。
テレビ番組は時間が決まっている。
録画してCMを飛ばせば、45分程度だ。 
しかも夫も一緒に楽しめる。
 
そこで「世界の果てまでイッテQ 」を見ようと提案してみた。
 
娘はすっかりはまって、大笑いしていた。
夫も娘との時間が過ごせて幸せそうだった。
 
21時にはベッドに入るようにしたので、興奮しても、睡眠時間に大きく影響はなさそうだった。
 
週後、娘に聞いてみた。
 
「ねえ。どっちが好き?昼間の1時間ゲーム?夜の1時間イッテQ?」
 
娘は即答した。
「イッテQに決まってるでしょ!!」
 
よしっ、と私は心の中でガッツポーズをした。

大丈夫だ!頑張れ!私。
 
 

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