不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

追い込まれて号泣した後の娘は、まるで別人だった。小5二度目の組分けテスト当日。

<行け!組分け>

 
新小5、2度目の組分けテストの朝、腹痛は起こさなかった。
 
後に分かることだが、受験勉強期間、特に小5のYT週テストを始めてから、前日に起こった号泣のサイクルは多発する。
 
①「私なんて無理だ」と騒ぎ号泣
②荒れた娘を私や母がなだめるが、逆切れして怒り、別室へ行って大声で泣く
③やがて落ち着きを取り戻し、私のもとに帰ってくる
④改めて励ます
⑤突然、机に向かい始め、別人の様な集中力と学力を発揮して、猛ダッシュで問題を解いていく

今回はまだ、①と③④の後、⑤へ進んだので、時間も短くて済んだが、②の荒れパターンも加わると、受け止めるエネルギーは計り知れない。
 
第一次防波堤は、もちろん私なので、可能な限り私で食い止める。
しかし、私でも止められない時は、母のところへ行く様勧める。
または、母にヘルプを求めて降りて来てもらう。
 
大抵、母がなだめて落ち着かせてくれるが、私も母もなだめられなかった時は、大変だ。
二人に対し、「放っといて」と手を振りほどき、一人になってしまう時が困る。
一人になって、静かに泣いているのであれば見守るが、一人になっても、大声で「私なんかもう無理だー。受験なんて無理だー」と泣くのだ。
 
その度に、ご近所さんから苦情が来るのではないかと冷や冷やした。
 
泣いて、ハグして励まして、「無理だ、無理だ」と泣き続けた後、勉強する、
この一連の流れを夫は『儀式』と呼んで笑った。
 
「今日も大変だったんだよ」と話すと「例の儀式?」と茶化したが、受け止める方は大変だ。
 
体力の消費は激しく、翌日まで体が泥の様に重くなる程だった。
母からも、何十分もハグして励ますことは大変だと、よく言われたが、さすがに、母にはキレたり、怒ったりしないので、母の存在に随分助けられた。
 
一連の儀式が終わると、この度は、別人の様な娘が誕生する。
目つきが変わるのですぐにわかる。
別人の娘は、まるで偏差値がプラス20位上の様な、冷静な目をしており、集中力が全く違う。
 
そして、恐ろしく淡々と、猛スピードで問題を解いていく。
現れた別人の娘の母として、私も素早く切り替えねばならず、今までの騒ぎはなかったことにして、全力で勉強を見なくてはならない。

骨が折れる作業だった。
しかし、わっと泣いて、鬱憤を吐き出すので、逆に言うとストレスを溜め込んでしまうことはなかった。
 
この組分けの前日も、今考えれば、儀式の予兆だった。
 
泣いた後の娘は強い。
朝は家族の誰に起こされるわけでもなく、目覚まし通り30分早く起き、
さっさと日々の計算を終え、前日に用意しておいた算数の問題を解いていた。
 
朝食後、「パパそろそろ出発しよう」と言って、さっさとリュックに中身を詰めた。
 
初めて見る娘の変化に、私は圧倒されていた。
行ってらっしゃいと玄関で見送るや否や、どっと疲れが出て、ベッドに倒れ込み、テストが終わるまで眠った。
 
 
 

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