不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

ベネッセ進学フェア_国際フォーラム3_娘の目から見えていたもの

<ベネッセ進学フェア3>

家に戻った後、娘に感想を聞く。
 
「ママ、私、びっくりした!」開口一番に娘は言う。
 
「どの話?」と尋ねると、私と母校の先生との会話だと言う。
 
「あはは。先生面白いでしょう」と言うと、
 「それもあるんだけど」と娘が真面目な顔をする。
 
あの時、先生は、他のお母さんとお話していたでしょう。
それなのに、ママ、後ろから話しかけちゃうんだもん。」と言う。
 
言われて、はっとした。
確かに、先生は他のお母様と面談中だった。
面談されていたお母様は驚かれたことだろう。
はしゃいでしまい、大人げなかったと、申し訳なく思う。

「それからさ、ママが敬語使わないなんて、びっくりしたよ。見たことないもん。
しかもママ、先生のこと、あだ名で呼んじゃうんだもん。場を考えてないっていうか」と言う。
 
そうか、そんなところを見ていたのかと驚く。
 
「確かにそうだね。先生には、敬語でお話しなくては駄目だね。
今日の先生は、昔のクラスの担任の先生でね。
私達クラスメイトと先生は、とても仲良しだったから、特別ね。」と言い、
昔を思い出して笑ってしまう。
 
「でもさ、先生ママのこと覚えてたね!何年も経つのに」と娘が言う。
 
「ね!賑やかなクラスだったからな。あと、ママ、卒業した後、先生から頼まれて、後輩にスピーチしたからかな」と答える。
 
「えーすごい!どうして?」と娘が聞く。
 
「うーん。あんまり自慢できる話じゃないけど、
ママは勉強しないで遊んじゃって、成績が下がって、先生にも注意された時期があってね。
でも、ある時から一生懸命勉強して、1年で偏差値が20位上がったのね。
それで『後輩の希望になるから、その話、後輩にして』って先生から頼まれたんだ。」と正直に言う。
 
そんなこともあった。何もかも懐かしい。
 
「あとさ、ママの学校の先生は、ずっと同じ学校にいるの?」と、娘が素朴な疑問をする。
 
そうか。公立保育園卒、公立小学校の娘は、異動のない先生はあまり知らないのだ。
 
「そうそう、私立の先生は、割と同じ学校に長くいるから、おばあさんの先生もいるよ。だから、卒業してからも、先生に会いに遊びに行けるの。」と話す。
 
「それ以外に、大学の教育実習で研修にいったお友達もいるよ。
先生の奥さんも、同じ学校の先生でね、ママのお友達は、奥さん先生の下で教育実習をしたよ」と話す。
 
「えー!すごい!何か、みんな仲良しって感じだね。」と娘は目を輝かせる。
私は笑っている。
色々あったが、今は楽しい思い出しかない。

「ねえママ。ママ私、女子校に行きたい」娘はそう言った。
 
こうして、母校の先生との偶然の再会が、娘の女子校志望の決め手となったのであった。
 
 

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