不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

学校説明会_香蘭女学校6_娘の志望大学?予想外の娘の言葉

香蘭女学校_説明会後、娘との会話>

 
帰宅後は、運動会の写真や動画を見たり、娘の話を聞いていた。
 
当日は、感動でいっぱいだが、前後は心配と不満で見守る方が倒れそうだった。
無事に終わってほっとした。
 
一番が体力面だ。
学校から帰ると、クタクタになっていたし、通常通り朝早く起きることも不可能だ。
塾から帰ると、ほとんど寝ながら入浴して、何とか歯磨きをして寝る。
受験勉強は捗らないし、事故も心配だった。
 
来年、小6になると、更にマーチングの朝練があるらしい。
組体操もある。
時間に追われる上、怪我の心配もしなくてはいけないのか。
成績が下がることも、覚悟しておかなければならないだろう。
 
学校説明会について娘と話したのは、運動会が落ち着いた一週間後だ。
香蘭女学校のパンフレットを見ながら話をした。
ガールスカウトの東京第一団のこと、生徒さん達の説明会での活躍も話した。
「すごーい!いいね!!行ってみたい!」と娘も目を輝かせた。
 
一方で、大学の推薦枠について話すと、微塵も予想していなかった言葉が、娘の口から飛び出した。
 
「ママごめんね。私の行きたい大学はそこじゃないんだ。」
 
私は驚いて聞いている。
 
「私、早稲田大学に行きたいの」
 
「え?そうなの?」私は驚く。
 
ここで、この話が出てくるとは思わなかった。
 
確かに、亡き父と孫である娘との約束で、昔から早稲田大学に行くと言っていた。
しかし、中学受験をするにあたって、娘も自分の偏差値を目の当たりにしたはずだ。
 
偏差値38からのスタートし、つい先月も、社会の偏差値が30を切っていたはずだ。
現実的でないことは、十分知っているかと思った。
 
娘は続ける。
「お友達が言っていたの。最初は法政大学の附属中を目指そうと思ったんだけど、行きたい学部が明治大学にあるから、明治大学の附属中を考えているって。
 
でも、私は将来何になりたいか、まだ決まってないんだもん。
ママだって、受験が終わったら、この世界にある色々な職業を調べようねって言ってたじゃん。
まだまだ知らない仕事があるからって。
 
だから、将来行きたい学部が早稲田大学になかったら、その時に違う大学にするよ」
 
大学入試が変わることにより、大学附属中学が人気だという話を思い出す。
夫との車での会話も思い出す。
 
親としては、ここで大学への切符が得られるならば、それに越したことはない。
しかし、それは親の希望であって、本人の希望と必ずしも一致しないのかもしれない。
 
その後、大学附属中学について娘と何度も話をした。
後で入りたくても、入れない可能性もしっかりと話した。
 
しかし、娘の「今大学は決められない」という意思は、とうとう最後まで変わることがなかった。
 
 

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