不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

ぶつかる母娘。突然キレる娘。一体どうしたというのだろう。

<ぶつかる母娘>

ちょうど夏休み前の最後の組分けテストを前にした時期だった。
突然娘は不安定な時期に入っていった。
 
激しく切れて、八つ当たりし、勉強が進まなくなった。
私はどうしようもないほど、ストレスを抱えることになった。
それ位、娘が大変な時期だった。
 
全ては睡眠から始まった。
まず朝起きられない。
今までは過密なスケジュールであっても、イベント前であっても、例えば運動会の前でさえも、
6:30には起きて朝勉強をしてきたというのに、突然起きられなくなった。
 
ともかく眠くて眠くてしようがないのだ。
 
そして、昼寝をしてしまう。
目の前でうつらうつらするのを見て、私も目覚ましをかけて眠らせるが、
横たわるとすぐに、深い眠りにつき、寝返りも打たない。
 
昼寝では足りず、寝起きは不機嫌で切れてくる。
 
しかし、昼寝をさせてしまうと、それがわずか30分であっても、今度は夜に眠れないと言って、11時半頃まで眠れない。
 
負のループだった。
11時半に寝て、6時半に起きると7時間睡眠。
 
ショートスリーパーではないので、7時間では足りない。
再び、翌日も勉強していて、うつらうつらしてしまう。
 
それでついていける早稲アカではない。
娘が集中力を欠いている間も、算数の旅人算や、理科の光や音の単元でどんどん進んでいくし、宿題も溜まる。
 
更に、国語の漢字テストや、社会の小テストを落とすようになり、居残りが増えた。
 
娘は自分の不調に荒れて、更に私に当たってくるようになった。
 
それまで、ママ塾を開始して、喧嘩もなく笑い声が多かった母娘関係が急速に悪化していった。
 
理科の担当もすることになり、頑張ろうとしていた私の意志と娘の体調は真逆だ。
あれこれ手を尽くしたが、この時期は手の施しようがなかった。
 
受験を考えたら、仲直りするしかない。
仕方なく仲直りするが、ストレスはたまった。
 
私は、娘が塾へ行くと同時に、プールに行き、泳ぎならストレスの全てを水にぶつけた。
なるべく塾の間に、気を静め、戻ってきた時には優しく接せられるように努めた。
娘が寝てから、お酒を飲むこともあった。
 
この小5の春と、YT週テストを始めた秋が、最もひどい時期だった。
 
今思うと、それまでの体の疲れが噴き出したかもしれない。
そう、先月の組分けテストの時には、よく学校と受験とを両立できているものだと驚いていたのだ。
それは決して普通ではなく、頑張りすぎていた姿だったのかもしれない。
そして、雨が多くて体調が乱れやすい、この蒸し暑い梅雨の時期に、不調が出てきてしまったのかもしれない。
 
体が全てなのだと痛感した。
体力あっての娘だった。
 
急にこんな展開になり、私は戸惑うばかりだった。
 
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