不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

そして迎えた組分け。周りの方の存在に感謝する。

<そして迎えた組分け> 

あんなにやる気がなかったことも、揉めたことも、

全てが幻だったのではないかというほど、最後の数日は粘ることができた。

そして、毎月テスト前に行っている近所の神社参拝もすることができた。
 
私達は、組分けテストの前は必ず、神社に参拝した。
ここに来ると、いざ試験だと言う気持ちになり、身が引き締まるのだ。
 
宣言に近いお祈りをした後は、二人で、恒例行事の様におみくじを引いた。
今回「小吉」だった娘に対し、私は「大吉」続きで密かに嬉しかった。
 
今思うと、よく頑張っていたと当時の自分を誇らしく思う。
2年間、毎月神社に行ったが、常に家族の健康への感謝と娘のことだけを祈り、
自分に関する願い事はひとつも祈らなかったのだ。
 
私も全力で頑張りますゆえ、どうぞ娘にお力添え賜りたく・・・と祈っていた。
当時は当たり前で、疑う余地もないことだが、改めて今思うと必死だったのだとよくわかる。
 
娘は小吉の言葉は「神様からのメッセージだから、しっかり読んで、気を付けるね」と言ったものの、
やはり、「小吉」というのが、気に入らないようで、
翌日もう一度一人で参拝しておみくじを引き直しに行った。
 
一人で参拝に来る小学生は珍しいこともあり、心配もしてくださっていたのだろうと思う。
娘が一人の時は、ほぼ毎回宮司さんが社務所からわざわざ出てきてくださった。
娘は宮司さんに懐いていて、時には私と親子喧嘩したことさえも、宮司さんに相談していたようだ。
 
そうやって娘を支えて下さった大人は、早稲アカの先生ばかりではない。
宮司さんもそうだし、
保健委員であることを理由に、しょっちゅう保健室へ行き、
保健の先生にも、よく愚痴や悩みを聞いていただいていたのだそうだ。
 
その他に、近所の方も常に見守って下さっていて、
犬の散歩でお会いした際にこっそり、
「昨日泣いてたね。お母さんと喧嘩したのかい?」と話しかけて下さったこともあったようだ。
 
沢山の方が娘を見守って下さったことは、本当にありがたいことだったと思う。
私達がぶつかり、私が支えになれない間も、
登下校を共にする友達や、周りで見守って下さる沢山の方のお陰で、
娘は立ち直ることができたのだと思う。
 
試験当日は、いつも通り夫と試験会場に向かった。
私はいつも通り、掃除をして待ち時間をつぶす。
 
やがて試験が終了し、夫から連絡が来る。
「かなり厳しい結果。落ち込んでいる」と一言しか書いていない。
 
「え?どの科目?」と急いで打ったが、返事はなかった。
 
どうか、算数ではありませんように、どうか算数ではありませんように。
と私は祈った。
 
大吉なんだ。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせた。
 
 
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