不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5組分け後。娘のグランピングと、私の胃腸炎。

<気晴らしのグランピング_後編>

出発した夫と娘からは、定期的に写真や文字が送られてきた。

私は吐き気がひどく、とてもスマホを見られる状態ではなかったので、夜まで見ることができなかったが、

到着した後は、川で遊んだり、温泉に行ったり、BBQを楽しんだようだ。


しかし夜になると他のお客さんも全員帰ってしまった上、

最後には、スタッフさんも帰ってしまって、山の中に二人きりになるという、

恐怖の体験をしたのだそうだ。


文面からは、怖いながらも楽しんでいる二人の様子が伝わった。

 

一方私は、トイレへ行ったり来たりを繰り返していた。

ひどい胃腸炎だった。
特に当たるような生ものは食べていないし、食物アレルギーはない。

 

過去を思い返す。
こういう倒れ方をする時は、大抵キャパオーバーな程仕事が忙しく、気を張った生活をした後に起こることが多かった。

 

例えば、ようやく多忙な仕事を一段落させて、休暇を取って台湾旅行へ行ったら、
現地で胃腸炎になり、観光を楽しむどころか、救急病院へ運ばれたこともある。


何しに行ったんだと休暇をいただいた職場の皆さんに笑われたし、

私も笑い話にしてきたが、実際は体が悲鳴を上げていたのだろう。

 

今の私の状態は、その時のレベルに近いのではないかと、はっとした。

「仕事に比べれば、何てことない。まだまだ余力がある」そう思ってきたが、体もまた過信してはいけなかったのだ。

 

受験の伴走は、仕事の大変さとは違うが、物理的な拘束時間も長いし、
何より肉体だけではなく、精神をすり減らす。

まさに骨身を削る作業だ。

 

これを境に改めて自分の体調を客観視し、今後備えようと思えたので、ある意味良い機会だったのかもしれない。


これが小6だったら、大変なことだ。
娘は自立しているタイプではない。
ママ塾が一日休みになれば、その日できる勉強量は10分の1程度まで下がるだろう。

 

出発直前に体調を崩したというタイミングも、「行かないで休みなさい」という啓示かもしれないと思った。


OS1が段ボールで買ってあったので、絶食してOS1で水分補給しながら、体を休めることにした。

 

翌朝二人は帰ってくる。
帰って来たら、また受験勉強の再開だ。
学校の間に病院へ行って点滴をしてもらおう。

 

考えてみれば、娘や受験と物理的に離れることは、受験勉強を始めてから、初めてのことだった。

ともかく眠りたかった。


ふらつく足取りでベッドに向かい、倒れ込んだ。
ふと気が付くと、辺りは真っ暗で夜になっていた。

 

夜、ようやく夫と娘からの大量の写真とLINEを見る。

二人の元気そうな様子にほっとした。

 

沢山眠ったこともあり、体から悪い菌も、悪いものも全て出した私は、随分体が軽くなった。


私は自分の体に「ありがとう、無理させてごめんね」と言いながら、再び永い眠りについた。 

 

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