不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

夏休み最初の10日。走れるだけ走ろう!

<夏休み前半>

娘との夏休み前半は充実していた。

 

先生との質問の関係で、何時に終わるか分からない日は続き、

娘のキッズ携帯から連絡を来るのを、常に待たなくてははならなかったが、
早稲アカのベンチで待っている訳ではないので、大したことではなかった。

 

娘がH先生からいただいてくる追加のプリントは、常に習った範囲であることがありがたい。
難易度はバラバラで、時に歯が立たないことやとんでもなく大量なこともあったが、
娘にとっては、尊敬するH先生のプリントそのものが、価値ある存在だったに違いない。

 

「ママー!今日もプリントもらってきたよ!」と嬉しそうに言う姿が印象的だった。

 

夏は今までやってきた算数の総ざらいがしたいと思っていた。
まずは、その日習ったこと、宿題、小テストに向けてコピーした問題をやる。

H先生からプリントをいただけるので、今まで5倍解いていた問題は3倍にすることにした。
プラス、私が用意した今までの総復習のプリントを数枚、1時間程度。


娘が問題を解いている間に、

H先生からのプリントから解くべき問題を私が抜粋する。
そして、それを解く。

 

私達は算数に入れ込んでいた。

それ位、娘が算数に熱を上げていたし、やる気も集中力もあったからだ。
この流れを止めて、他教科に注ぐのはかえって良くない気がした。

 

このままの勢いで、40日過ごしたかった。

しかし、夏休みに入って、たった10日後に、

学校の林間学校で夏期講習を休まなくてはならない。

 

私が愛読している黒い講師の受験をわらうというブログでは

度々小学校について出てくるが、
私も同意見で、本音を言えばそんな行事は休ませて、この勢いのまま夏を過ごしたかった。

 

しかし、宿泊行事というものは、人間関係において極めて重要だ。

やむを得ない。
どうして、夏休みなのだろうとか、夏期講習の中休みだったら良かったのにとか、

不満だらけだった。

 

娘は、「誰も喧嘩したりしないといいなー」と言っていた。

 

学校の林間学校に行かせて、そこで風邪を引いて帰って熱を出したり
山登りの疲労で、帰宅後廃人になったり、反抗的な態度になっては困ると案じていたが、
確かに女子の揉め事に巻き込まれるのも困る。

思春期ともなると、そのイライラの矛先は親だけではなく、

友達に向いてしまうこともあるので、学校での小さな揉め事も増えているのだ。

 

私にとっては、ひたすら憂鬱なイベントだったが、つべこべ言っても仕方ないので

娘が夏期講習の間に、学校の林間学校の準備と、早稲アカ合宿の準備を少しずつし始めた。

 

 

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