不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5。夏休み最後の組分けテスト後。娘とクラスの様子。

<組分け後の娘の様子>

 

一方で娘は、
H先生に結果を報告するまで、塾へ行くのも憂鬱そうだった。

 

「H先生に合わす顔がない」としきりに言っていた。

 

「どうしても辛かったら休んでいいよ」と言ったが
結局、娘は休まなかった。

 

このやり取りは何度目だろう。

 

小4の冬も、小5の春も、小学校で大きなアクシデントがあり、
学校に行けなくなっても、おかしくない時があった。

 

同じ様に、「辛かったら休んでもいいよ」と私は言ったが
涙をぬぐって、休まずに学校へ向かった。


小さな体で困難に立ち向かう姿は、一人の人間として尊敬に値する程だ。

もしかすると、精神力は、私よりずっと強いのかもしれない。

 

娘は良くも悪くも、真っ直ぐに進む。
雨であろうと嵐であろうと、選んだ道を、ただ一歩ずつ進むのだった。

 

娘は、H先生に報告し、算数の素点を伝えたそうだ。

 

先に明かすと、
腹痛トラブルに遭遇した中で、算数だけはギリギリまで粘ったこともあり、
娘の目標である150点オーバーには遠く及ばないものの、

前回と同じ120点は取れた。

 

それもあり、H先生は特に何もおっしゃらなかったようだ。

 

一方、同じクラスからは、やはり、バンバンと夏の成果を出した人が出ていた。

友達から話を聞いて、娘は帰宅後に「悔しい」と泣いていた。

 

早稲アカ合宿で友達が増えたことについて、

今までメリットしかなかったので、初めて感じるデメリットだった。

 

「〇〇ちゃんと、〇〇ちゃんは、今回の組分けテストで上のクラスに上がるみたい」

と言って娘は泣いたが

夏休み中、上位者として頻繁に名前を聞いたメンバーだったので、私は納得した。

 

一方で、今回腹痛トラブルで、最大打撃を受けた国語については

早々にY先生から、お電話をいただいた。

 

発熱でボロボロになりながら、Y先生に事情を説明すると、

Y先生は私のことも励まして下さった。

また、娘にも声をかけて下さるということだった。

 

算数のH先生はリード、国語のY先生はフォローという形が本当にありがたい。

 

しかし、最後にY先生からこんな一言をいただいた。

「前にも申しましたが、満月の腹痛が心配です。

今から、何らか対策を取っていかないと、受験当日に大変なことになりますので、

お母さんも、どうぞ考えてみてください」

 

そう、確かに、前回もY先生はおっしゃっていたのだ。

確かにこれで2回目だ。

 

私は、ようやくネットで緊張やストレスとお腹を下すことについて調べ始めた。

 

 

いつまでも落ち込んでいる場合じゃないかもしれない。 

こうして、私は再び立ち上がったのだった。

 

 

 ↓ランキングに参加しています。いつも応援して下さりありがとうございます。
 にほんブログ村 受験ブログへ にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(早稲アカ)へ  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(サピックス)へ  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(自宅学習組)へ  ブログランキング・にほんブログ村へ