不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5の夏休み明け。学校との両立の厳しさを感じる。

<夏休み明け。学校再開>

ようやく少しずつ回復してきたある日のことだった。

愛読している黒い講師の「受験をわらう」というブログを読んだ。

ikaretyugakujyuken.blog.fc2.com

 

私は大粒の涙を流した。

そうだ、私はいつまでも何をずるずると悩んで、泣いているのだ。

しっかりしなくては!

 

結局この日ブックマークしたこの記事はこの先2年間、

娘の成績が下がる日に自分を奮い立たせるカンフル剤となった。

 

しかし、ようやくやる気が出たにもかかわらず、娘の方はそう簡単にはいかなかった。

学校が再開し、予想以上に、娘は疲れていた。

 

小学校は近い。
歩いてたった10分だ。

 

6時間授業であっても、音楽の授業や体育の授業もある。

娘はダンスクラブだったが、クラブ活動も楽しそうで、

いつも張り詰めた受験勉強の、良い息抜きになるのではないかと思っていた。

 

夏のママ塾の様に、苦手な単元と戦う訳ではないのだ。

 

それがどうしたことか、夏休み前とは違い、随分と疲れるようだった。

 

帰宅後の第一声は「疲れた」で始まる。
玄関にランドセルを放り投げて玄関に倒れ込む。

 

「そんなところで潰れていないで、手を洗ってきたら?」と声をかけるまで
玄関で潰れている。


不思議なことに、娘がぐだぐだしてしまうのは、
学校帰りと朝のみだ。

 

体力貯金で続けているスイミングも、

早稲アカも帰宅後はアドレナリンが出ているので

学校の帰宅時とは全く違って元気だった。

 

早稲アカアドレナリンでは、相変わらずH先生の言葉を真似ながら
帰宅後のアウトプットをして楽しそうにしていたし、

 

スイミングから帰った後は、「お腹空いた!!」と繰り返し、

食事のお替りまでして幸せそうだ。

 

そう、夜は良いのだ。


問題は朝だった。

 

朝のママ塾について、何度も話をした。

「慣れるまではギリギリまで寝ていたら」

私は何度も提案した。

 

しかし、娘はどうしても朝のママ塾を辞めたくないという。

 

仕方なく、大きな音量の目覚まし時計を二つセットしてみるが、

案の定、娘は起きられなかった。

 

そして、最終的に私か夫が起こす。

それを2~3回繰り返した。


分かっている。分かっているのだ。

夏の疲れも出ているだろう。

組分けテストの疲れも出ているだろう。

 

自分が塾に行っている間に、受験組と受験しない組の人間関係が変化し

人間関係に気疲れしているかもしれない。

 

それでもやっぱり娘の朝寝坊や、起きた後の不機嫌さを見ると
フラストレーションが溜まった。

 

「いい加減にしなさい!」と朝から怒ってしまい、

そんな自分を反省する日が続くのだった。

 

 

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