不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5、第6回組分けテスト直前の胃腸炎。出席停止の日々

<組分けテスト直前の胃腸炎、出席停止の日々>

 

お医者様に言われた通り、最初は絶食だ。
次に重湯。重湯からお粥、お粥からうどん、

柔らかく胃腸に負担がないものを、少量ずつ食べていく。

 

娘の「塾を休みたくない」という気持ちは変わらない。
毎日、早稲アカに行きたいと懇願された。

その都度
「ごめんね。お医者様の指示通りにしよう」と言うやり取りが
幾度となく繰り返された。

 

口では強気な娘だが、実際には体力もすっかりなくなっており、

気が付けばぐったりしている。

 

「こんな時くらい眠ろうか」と言ってベッドに促した。

 それでも「勉強したい」と机にしがみつくので
久しぶりに一緒に横になって「ここで私本を読んでいるから寝ていいよ」

と寝つくまで側にいた。

 

すうすうと寝息を立てるあどけない寝顔を見ていると、心が苦しくなった。
まだ10歳のこんなに小さな体で、どこまで頑張らないといけないのだろう。

中学受験は過酷な世界だと思う。


組分けテストか。

全く病気のことがなかったら、国語と理科の伸びが見たかった。

 

理科はK先生の補習いただいて、確実に伸びている感じが目に見えてあったし、

国語に関しては、この一ヶ月、

Wbasicという早稲アカの国語の読解問題集をママ塾で一冊仕上げてきた。

 

国語の場合、勉強したことがそのまま点数に結び付くとは限らないが

折角頑張ったので、どれ位伸びたのか見たかったと思う。

 

2時間ほどして、娘が起きてきてのどが渇いたと言うので
冷ましたお湯を渡した。

 

お湯を飲みながら娘が言う。

 「ねぇママ。組分け受けないと、クラスが1つ下に下がっちゃうんだよ。」

 

そうなのか。それは知らなかった。

一つ下のクラスに下がってしまうのは正直痛い。

かといって、無理をさせて成績が大幅に下がってもダメージは大きい。

何とも悩ましかった。

 

ずる休み防止のために生徒に言っているだけかもしれないと

この時は思ったのだが、

 

後々、小学6年生になった時の先生にも聞いてみると、

強ち、間違っているとは言えなかった。

 

「月一回のテストも、本番と同じ、それ一回きりのものなのです。

体調も含めて、向かわなくてはいけません」と、

小6の時の先生はおっしゃった。

 

娘と胃腸炎を治し、体力を回復させながら

寝る、勉強する、寝る、勉強するを緩やかに繰り返した。

 

集中できる体調ではなかったので

漢字を練習したり、社会の暗記をしたり、算数の一番簡単な問題を解いたりした。

 

ようやく治ってきたのは、試験の前日だった。

まだ通常の食事を取れる状態まで胃腸は回復していなかったが

消化に良いものは取れるようになった。

 

病院へ行き、治癒証明書をいただく。

学校に電話をして、治癒証明が出たので、来週から行かせますと伝えた。

 

こうしてギリギリ組分けテストを受けられることになったのだった。 

 

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