不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5、10月。YT週テストの始まり。パパ塾のお別れと荒れ狂う娘。

<YT週テストの始まり>


組分け騒動が終わったと思ったら、今度はYT週テストの始まりだ。

 

娘は緊張すると、腹痛を訴える。
そして、その後ほぼ100%お腹を下す。

 

それならば、試験の回数を増やして、少しでも試験に慣れてもらおう

と思ったことがきっかけだった。

 

週テストでめざましい成果を上げて欲しいとは、

微塵も思っていなかった。

 

早稲アカでのYT週テストは、当時土曜日に行われていた。
幸いにしてテスト前日の金曜日に早稲アカの授業はない。

 

まだ、始めたばかりの私達は、

週テスト用の問題集を買えるとは露知らず、
ひたすら予習シリーズの問題を解いていた。

 

算数は宿題も多い上、今回は割と得意な比を使った単元が多かったので、

慌ただしくなったものの、まだ不可能ではない。

 

逆に理科は月曜日が補習の日なので、試験前に質問できないのは痛い。

解き直しの際に、教えて頂くしかなかった。

 

娘が最も怯えたのが社会だ。

ある日夫に、これから社会も含めて毎週土曜日テストをすることになったと娘が話した。

すると大変冷たい返事が返ってきた。


「パパ塾なんて無理に決まってるじゃん。平日なんて帰りも遅いし。

無理無理!できるわけない。パパ塾やめるわ」と

いとも、あっさりとパパ塾を放棄した。

 

YTにおいては、二人できちんと話し合って決めたことなので

せめて娘には、もう少し優しい言い方で断ってくれたら良かったのにと思う。

 

娘は悲しい顔をした。

今でも冗談交じりに「無理無理って言って突然パパ塾やめちゃったんだよね」と

娘が言うことがあるが、それくらい当時のインパクトが強かったのだろう。

 

実は私は社会が苦手だ。
娘もそれをよく知っていて、今まで社会の問題は質問してこなかった。

こんなママと二人で大丈夫かと思っていることがヒシヒシと伝わる。

 

けれど、パパ塾が放棄された今、ママ塾を4科目体制にするしかない。

 歴史だったことがせめてもの救いだった。

 

初めてのYT週テスト前日のことだ。

娘が翌日テストだという事を思い出して焦る。

焦るというと、動揺しているイメージを持つだろうが

娘の場合、そんなものではない。

 

反抗期そのものの暴れ方と言った感じで、

「私には無理だ!」と近所中に響き渡る大声で永遠と泣いたり、
逆切れして、暴れたりした。

 

矛先が私に向かってくることもあり、私が寝室に逃げ込むと

私が裏から必死で押さえているドアを、力任せに押し破って入ってきた。

 

別に暴力をふるったりするわけではないが、あまりの荒々しさに

二重人格なのではないかと思ってしまう。

 

それくらいキレた娘は怖かった。

 

そして、この荒れ狂う娘は、小6のYT週テストが終わるまで、毎週続いた。 

 

 

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