不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5、秋。2度目のYT週テスト直前。仮眠後の娘と、私の体調。

<小5、秋。2度目のYT週テスト前夜>


私が娘ともめたくなかった理由は、まだ腰の心配があったからだ。

 

日曜日の共立女子中学校の文化祭見学で痛めた腰は、

俗に言う「魔女の一撃」※ではなかったが

『魔女の一撃を経験済みの先輩方』からは、くれぐれも用心するように言われていた。

 

油断大敵。

くしゃみをする時になってしまうこともあるそうだし、
ソファに座ることができなくなるだけではなく、

電車の椅子の背もたれですら恐怖になると聞いた。

 

先輩が会社で椅子の車輪をコロコロと動かして、手で机を押したり

足で床を蹴りながら移動していた姿を思い出す。

 

あの時は「どうしたんですか?何をやっているのですか?」と笑ってしまったが、

「満月さんちょっと笑わせないで。笑うのも痛いんだからね」

とおっしゃっていたことを思い出す。

 

この場は笑って下さったが、大変だったと後で聞いた。

失礼なことをしたと反省した。

 

私の場合は、「魔女の挨拶」程度だったので、日常生活は遅れていたが

次々に届く先輩方のLINEがあまりにも恐ろしいので、

念の為、塾弁当作りや食事作りも母にお願いし、

腰に負担をかけない様、用心して暮らしていた。

 

日曜日に比べ、すっかり痛みはひいていた。

 

しかし今日は金曜だ。
先週の様に娘がキレてしまったら、逃げることも追いかけることもできない。


下手をすると、抱きしめてあげることもできないかもしれない。

大体娘は飛び込んでくる形が多いので、腰に負担がかかりそうだ。

どうにか一週間は安静にしておきたい。

 

スタディクロックが鳴った。

机の上で寝ている娘を起こす。


いつもであれば、背中をゆすって「もう時間だよ」と言うのだが
中腰でゆすることに気が引けて、

 

「もう起きる時間だよ」と言いながら、頭の上のブランケットを外し

電気を付けたり、歓喜をして、窓の冷気を入れた。

 

分かったと言って娘が起きだした。

顔を洗いに行った後、戻ってきた娘は

「最初に算数がやりたい」と言った。


ここまでは先週と同じだ。
むしろ切れてロスした時間が発生していない分、先週より時間はある。

 

先週の様に、まずは算数をやって他の教科に進めば良いだろう、そう思った。

 

娘は先週のYT週テストで算数の自信がついた様だった。


「この間アウトプットした時も話したんだけど、この日のH先生が面白くてさー」

とH先生の話を交えながら、楽しそうに話す。

 

しばらく宿題を解く娘を見ていたが、

今回は特に説明したりサポートしたりする必要はなさそうだった。

 

徐々にこうやって自分で勉強できるようになっていくのだろうか。

娘の成長を誇らしく思った。

 

しかし順調なのはここまでだった。

 

※ぎっくり腰のことです。

 

 

 ↓ランキングに参加しています。いつも応援して下さりありがとうございます。
 にほんブログ村 受験ブログへ にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(早稲アカ)へ  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(サピックス)へ  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(自宅学習組)へ  ブログランキング・にほんブログ村へ