不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5、冬。娘の小学校の担任の先生とのトラウマと、早稲アカの先生との関係

<小学校の担任の先生とのトラウマから、今後を考えた日>

K先生にご挨拶し、しばらくすると娘が出てきた。


帰り道、娘が話す。

「ママやっぱりこの間の話、冗談だったみたい。私追放されてなかったよ」と

娘は笑っていた。

 

「そうでしょう」と私も言う。

 

「授業はどうだった?」と聞くと、

「今日はね!ノートちゃんと取ってきたから後で見て!」

という前向きな返事にほっとする。

 

「K先生の授業はどう?」と聞くと

「あのね、字がとっても綺麗。グラフとかもすっごい丁寧で綺麗ですごいんだよ!

 

H先生とK先生は、性格が全然違うよ。

H先生は声も大きくて隣の教室の先生からよく注意されてたじゃん。

でもK先生の声の大きさは普通だよ。

 

あと、H先生は面白い話とか、脱線しちゃうこともいっぱいあったけど、

K先生はずっと真面目で、時々男子を驚かせて、ビックリさせる感じだよ」

と娘が笑う。

 

娘の口調を聞いて、安心した。

 

というのも、娘には小5の春、

小学校の担任の先生との間で事件が起こり、トラウマがあったのだ。

 

小学校の担任の先生が、ある日をきっかけにキレて休職(病欠)された。

タイミングが悪い事に、

その日、私は娘に不法侵入の件で連絡帳を持たせてしまった。

 

元々その小学校の担任の先生は、

クラスで目立つ子や問題がある子を、贔屓する先生だった。

逆に、真面目で大人しい娘の様なタイプは、きつい当たりを受けていた。

 

おそらく精神的に限界だったのだろうが

担任になって1ヶ月の小学校の先生が、どんな状況だったか分からない。

ただ、キレた小学校の先生の怒りが、

連絡帳を渡すタイミングで娘に向かってしまったのだ。

 

小学校の帰りのホームルームで、連絡帳を読み上げながら、

娘に怒りながら八つ当たりし、

最後に「私今日で辞めます」とクラスメイトの前でおっしゃった。

 

後で聞いたが、

連絡帳を読み上げても、不法侵入に関する時系列の長文で

大半の子どもは理解できなかったようだ。

 

故に『先生が怒った。そして娘の連絡帳を読みながら、学校を辞めると言った』

ということだけが、クラスメイトの印象に残ってしまったのだ。

 

「先生を辞めさせた」という『噂』が独り歩きした。

 

私は教育委員会にも言っていないし、

そもそも学校の先生を辞めさせられる権利などないのに。

  

娘はその日ひどく泣いたし、

誤解したクラスの男子に虐められる度に、また泣いた。

 

女子はママ友さんが素早く情報を伝えてくれ、私にも娘にも同情してくれた。

 

「先生、婚約破棄でもされたんじゃない?」とか

「満月ママ、なめられたんだよー」と

笑ってくれるママ友さんに本当に救われた。

 

しかし男子ママとはお会いする機会が少かった為

意地悪は止まらず、説明するのに1年かかった。

 

その経験があり、

娘も私も、接する先生の人格と相性について冷静だったし注意深かった。

 

しかし、ありがたいことに、娘が出会った早稲アカの先生は全員何の心配もなかった。

むしろ不安定で理不尽だったその小学校の担任の先生と真逆で

プロとは、こういうことなんだと痛感することが思うことが多かった。

 

K先生は、年齢もずっと上だし沢山の経験をされ、

『常に安定している』タイプの先生だった。

 

 

娘にも聞いたが、

「超緊張するけど、良い先生だよー」と明るい返事が返ってきた。

 

前回泣いていたのは、先生が怖かったからではなく

「追放された後、この先日本でどう暮らそう」

と思っていたからだと娘から聞いて安心した。

 

ようやく私は、次の課題

「K先生への緊張を解く」について、向かい始めることができたのだった。

 

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