不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5、冬。クラスアップ後。K先生との一万マイルその2_授業についていきたい。

<K先生との一万マイルの距離を縮める作戦2_授業についていけ>

夫と私が「K先生に顔を覚えて頂くミッション」をしている一方

娘と私はK先生からご指摘を受けた

「授業でやったことは次回までにきちんと理解し、解けるようにする」ことについて

何とかしようとしていた。

 

もうYT週テストの勉強している余裕はない。

本当に必死だった。

 

最初の授業で、娘はほとんどノートが取れなかった。

先生に当てられたらどうしようと怯えて終わったのだ。

 

それでは復習のしようがない。

 

次の授業後に帳尻を合わせよう、そう思っていた矢先

K先生と私の初顔合わせで、

「満月は前回の授業を理解できていない」というご指摘を受けたのだ。

 

K先生のおっしゃる通りだった。

たった2回の授業でそこまで見抜くとは、ベテラン先生はさすがだ。

全てお見通しなのだろうか。

 

最初の壁は板書だ。 

一生懸命取っていると、授業は頭に入らない。

授業を一生懸命聞いていると、ノートに抜け漏れがある。

 

どちらを選ぶか悩ましいところだが、

K先生の板書はとても綺麗で分かりやすかったので

ノートを見て私が理解して教えることにした。

 

今までのクラスとはレベルが違う。

最初の頃は、授業後のアウトプットも全くできなかった。

「覚えているところだけで良いよ。」と言ったが、言葉が出てこないのだ。

 

こうなると、私がノートから授業内容を考えていくしかない。

娘のノートを受け取った日は、深夜まで

そして、翌日娘が学校へ行っている間も、ずっとノートから先生の授業を考えた。

 

算数の授業は週2日。

中1日しかない水曜日はきつい。

スイミングも休むしかない。

 

しかし記憶が新しい為、

教えながら途中で娘がハッとして、「あ!先生がこう言ってた!」

と思い出すことも多々あった。

 

忘却曲線と、授業後早めのアプローチの有効性を痛感する。

 

3分の1教えたところで、一度解くよう促し、

筆が動かないところは、随時フォローした。

 

解き終えたら丸付けをして、もう一度最初から解く。

全て丸が付いたら、次の3分の1に進む。

 

欲張ることをやめ、授業で教わった問題だけをひたすら反復した。

 

日々追われ、日々走る、そんな日が続いた。

 

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