不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小5、冬。伴走する私の心の変化と、娘との元旦。

<小5、12月の後半から新年。動き出す私と娘>

娘が小5の12月後半、私は仕事関連の資格を一つ取った。

 

娘が早稲アカでクラスアップし、信じられないほど忙しい日々ではあったが

私自身としても、何かしら、自分の成長を形にしてその年を締めくくりたい。

そう思って、秋から短期間スクールに通い、コツコツと勉強してきたのだ。

 

 

自分が生徒となって受ける授業は楽しかった。

それこそ先生に質問することも、

先生から「さすがね!」と褒められることも、

他の生徒さんの様子を観察することも、

勉強することも。

何もかもが楽しい。

 

短期スクールが終わり、いよいよ試験が12月末に行われた。

そして、無事に合格したのだ。

嬉しかった。

 

娘とべったりと勉強することに、疲れていたこともあった。

娘はこの1年、荒れることが多かったのだ。

その都度体当たりで接してきて、私の身も心もだいぶすり減っていた。

 

少しの時間で良いので、自分の為に勉強をし、

自分の為に時間を使うことで、ストレスが発散したかったのだと思う。

 

試験合格はそれはそれは達成感があった。

 

勢いがついた私は娘が学校の間のアルバイトで良いから働きたいと

思うようになっていた。

 

先の見えない未来は、どうなるかわからない。

仮に、それが数か月であっても、

ここで、少し自分を持ち直したかった。

 

中学受験は狂気の沙汰で、

どうやって親が正気を保つかが重要だとヒシヒシと感じていたからだ。

 

一つ面接を受けて、仕事が決まった。

案の定、アルバイトと受験の伴走との両立は長期間はできなかったが、

とても良い職場だったし、

自分にとってもう一つの場所があったから、乗り切れた部分も多かった。

 

試験に合格し、心に余裕ができた私は、

娘の要望もなるべく叶えてあげたいと思っていた。

 

年末年始は「正月特訓に行きたい!」と言う希望の他に

「私、一度イルミネーション見て見たいな」と言っていたので

何とかしてあげられないか考えていた。

 

娘は正月特訓、夫はギリギリまで仕事、

年末年始の夫は常に酔っているので、運転ができない。

 

私はネットで検索し、さがみ湖イルミリオンのはとバスツアーを見つけた。

運良く、元旦から実施しているようだ※。

 元旦なら行けるんじゃないか。

 

小5の正月特訓は小6と違い、元旦は休みだった。

元旦初詣に行った後、ちょっと豪華なお弁当を買って、

バスツアーに参加し、イルミネーションを見て帰ってくるのはどうだろう?

娘は疲れたらバスで寝ていれば良いのだ。

 

少しでも娘の気分転換になれば、そんな思いで申し込んだ。

 

元旦は天気が良く、穏やかな日だった。

 

想像以上にバタバタとしたが、それでも予定通りに進み

ゴンドラに乗ってイルミネーションを見たり、

沢山写真を撮ったり娘ははしゃいでいた。

 

こうして私達は、慌ただしくも充実した、

まさに小6の1年の幕開けらしいスタートを切ったのだった。

 

※2018年の元旦の話です。

  

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