不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

新小6。スタート。適したクラス。適した先生。クラスダウンを決意した日

<約束の1ヶ月。クラスはどうするか>

いよいよトップクラスの算数の先生に質問できる日が来た。

どれを質問しようか迷っていたが、付箋がついた問題から自分選んでみるというので任せることにした。

 

帰宅は思いの他遅かった。

 

「ただいま」と言った娘はいつも通り淡々としていた。

このクラスに入ってからずっとこの調子だ。

 

「先生の質問タイムどうだった?」と聞くと

「丁寧に教えてくれたよ」と言ってノートを出す。

 

驚くべきことに、ノートに先生が直接書き込んでくださっているではないか。

先生の心中を思い、心が苦しい。

 

「先生、こんなことまでしてくださったんだね」と私が言う。

「うん。優しく教えてくれたよ。」と娘は言った。

これだけ丁寧にノートが書いてあるのだ。そりゃ優しく教えてくれたに決まっている。

 

「でもね、途中先生が、『ここまではわかるよね?』『ここまでは大丈夫だよね?』と聞くんだよね。

わからないこともあって、でも雰囲気的に言いにくくて『はい』て言っちゃった。

そうしたら先生スピードがどんどん早くなっちゃって、大変だったよ。」と娘が言った。

 

「そっか。どう?先生に質問してみて。何か変わった?仲良くなれた?」と私は聞く。

 

「丁寧に教えてくれようとしてくれたよ。

でも、『ここまではわかるよね?』って先生が言う度に、

『わからない私』はこのクラスにいるべきじゃないって自信なくした」

 

「それから、K先生やH先生みたいなよし頑張るぞ!って気持ちにどうしてもなれないんだ。なんでかなー。」

そう娘は言った。

 

その日のノートを見た時点で私の心は決まっていた。

 

先生は6年生を送り出したばかりだ。

この時期は合格実績のまとめなど、教える業務以外に管理職業務も多く大変な時だろう。

 

にもかかわらず、赤子に説明するがごとく、

娘一人の為に、時間を割いて先生は丁寧に補習して下さった。

このノートを見ていつもの娘なら理解できないわけがない。

 

それでも理解できなかったのは、娘が食らいつこうと動けないからだ。

これはもう理解力などを超えて、相性の問題なのだと思う。

娘は、『ザ・早稲アカ』タイプの熱血先生が合うのだろう。

 

「ねぇ。そろそろ1ヶ月経つけど、どう思う?」と娘に聞く。

 

「頑張ってみたけど、やっぱりK先生のところに戻りたい

と娘は言った。

 

「ママはどう思う?」と今度は娘が聞いてくる。

 

「そうだな。今のクラスはまだ1ヶ月で判断が難しいけど

K先生やH先生のクラスの時の方がやる気があったね。

国語に関しては、両方のクラスの先生ともゆっくりお話しできていないけど、

K先生のクラスに戻してもらって、ハチマキ巻いて頑張る方が幸せかもね」

 

と、私は正直にそう言った。

 

夫はNN雙葉の話が出た当たりで、

下のクラスに戻してもらうべきだと言っていたので異論はないだろう。

 

こうして私達は、わずか1ヶ月で、

クラスダウンさせていただくことに決めたのだった。

 

結局国語の先生にクラスダウンを申し出ることにしたが、

実際おろしていただくことは並大抵のことではなく、苦労した。

 

『先生と合わない』と決して言わず、言葉を選んだことも、話が難航した理由でもあった。

しかし先生は何一つ悪くないので、失礼なことは避けたかった。

 

長い時間をかけて、渋々承諾を得たが

国語の先生の「才能があるのにもったいない」という言葉は今でも耳に残っている。

 

けれど、一生懸命やって、泣いて、また立ち上がる、そんな娘を見ていたいのだ。

淡々として熱を失った娘ではなく。

 

このクラスダウンは私たちにとって賭けだった。

しかしこの道で大丈夫と信じていた。

 

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