不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

新小6、4月。NN難関プログレス開始。え?担当がまさかのK先生?一歩を踏み出したことにより運命が動き始める。

<NN難プロ始まる>

小学校が再開し、日曜日のNNが始まってからは慌ただしかった。

 

幸いにしてここまでに、八つ当たりが激しく大変だった娘も、

その対応に疲れて不調だった私も回復しており、4月のスタートは元気よく進めることができた。

 

娘が日曜日丸一日いなくなるというのは不思議なものだ。

お弁当は娘のリクエスト通り、好物の煮込みハンバーグでスタートした。

 

NN難プロの校舎は複数があるが、娘の通う校舎は遠い。

通常の校舎でも全て送迎しているが、NN難プロは夫が車で送って一度戻るか、

電車で送迎してそのまま外で仕事をしているかの、どちらかして過ごすことになった。

 

初日は電車ということだったので、お昼過ぎに夫と映画を見る約束をする。

朝はお弁当を作って送り出したら二度寝して、映画を見て、娘の帰宅を待つ。

 

私としてはかなり解放されることになる。

正直言ってありがたかった。

 

ここまで来ると、もう距離を取りたいと思っても距離を取れるものではない。

残り10ヶ月は走り続けるしかないのだ。

 

土曜日もYT週テストで長時間娘はいないが、

テストなので、こちらも精神的にのんびりはできない。

 

それに比べてNN難プロは、特に何も気にしなくて良く親の精神衛生上かなり助かった。

 

難プロが始まる直前のある日のことだ。

「ママ!!やばいやばい!!ビックリしないでね!!」と娘が大騒ぎして帰ってきた。

「うん。どうしたの?」と聞く。

 

小5から、びっくりすることが多すぎて、こちらも多少の事件では驚かない。

 

「難プロの〇〇校の算数の先生、誰だと思う?K先生だって!やった!!!」。

 

さすがに娘の言った言葉が理解できず、咄嗟に「え?」と聞き返してしまった。

 

そうか!そういうことだったのか!!

 

先日NN雙葉に落ちて、NN難プロへ合格した際

「満月の志望校を考えると、案外これが近道になりうるかもしれません」

と先生がおっしゃった。

それはこのことだったのか。

 

K先生と娘との長い歴史を思い出す。

K先生の冗談を真に受けて泣いた日。

怖くて話しかけられなかった日。

質問をするだけでお腹を壊した日。

ようやく質問したり、話しかけられるようになった日々。

 

私達親側も、最初のご挨拶、迎えの時の小さな会話、お電話、個人面談。

回数を重ねて少しずつ信頼関係を築いてきた。


YT週テストは週替わりで先生が代わるが、NN難プロはそうではない。

娘がビックリするほど分かりやすいと言っていたK先生の授業を

少なくとも上期4か月は日曜日にも受けられることになるのだ。

なんてありがたいことだろう。

 

運良くいけば、難プロの日に質問も済ませてしまえるかもしれない。

 

自発的に一歩踏み出す勇気を持つことで、運命は大きく変わる。

難プロに入りたいと言ったのも娘、入ろうと頑張ったのも娘。

 

この日、大きな運命が動き出すことを、私は感じたのだった。

 

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