不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、最後の運動会、いよいよ迎えた組体操。

<組体操>

いよいよ組体操の時が来た。

 

怪我をするかしないかの局面。緊張が襲う。

7か月後、受験会場に送り届けた後は、こんな気持ちになるのだろうか。

 

ここから先、自分はもう何もできない。

 

どうか怪我をしませんように。どうか無事に終わりますように

そう心の中で祈る。

 

アナウンスと共にきびきびした動きで子ども達が入ってきた。

案の定、練習の段階で怪我をしたお子さんもいた。

入場の段階で目頭が熱くなる。

  

先生方が位置に着いた。

ピアス先生は学年主任兼体育主任なので中央。

他クラスの先生はサイド。副担任の先生が逆サイド。

その他の先生もサポートできるように間隔を置いて片膝立ちをされた。

 

先生方の表情からも、組体操がいかに怪我のリスクをはらむか伝わる。

 

一人のポーズを終え、二人組になった。

 

確か娘は

「『背が高いお友達を持ち上げると絵になって感動的です』

と先生が言っていたから、下で持ち上げる」と言っていた。

15㎝以上の身長差がある友達を、どう持ち上げるんだろう。

 

次の瞬間、娘は歯を食いしばりながら肩車で持ち上げようとした。

 

しかし、立ち上がる際、若干ふらつく。

 

悲鳴を上げそうになるや否や、先生がすごい速さで走ってきて支えてくれた。

 

力みで娘の顔が真っ赤になっていく。

正直もう見ていられないし、逃げて帰りたかった。

 

幾つかの形を作った後は、3人組になった。

今度は娘が友達の背中の上で、逆立ちをするようだ。

 

逆立ちなんてできるのだろうかと心配したが

唇をぎゅっと嚙み締めて、娘は逆立ちをした。

  

ピッタリと呼吸の合った動きを見て、私はずっと泣いていた。

一体どれほど練習したんだろう。

 

私は今まで受験のことで頭がいっぱいだった。

正直受験のことしか考えていなかった。

 

「憎き運動会め」という気持ちで、運動会が受験の妨げだとしか感じられず

ちっとも娘の気持ちに寄り添ってあげられていなかった。

 

ごめんね、と心の中で繰り返す。私は何も分かってなかった。

 

何も知らなくてごめんね、最後の運動会だもんね。

 

もっと話も聞いてあげれば良かったねという想いと

もっと勉強を緩めてあげれば良かったという後悔とが

心配な気持ちに交じり合って、涙が止まらない。

娘は一体どんな思いで今日まで来たのだろう。

 

いよいよ最後のピラミッドを迎えた。

昔と違い3段のピラミッドだった。それでも高いし、崩れたら怪我をする。

 

自分のトラウマがよみがえり、先生の笛の音が怖くなってきた。

怪我の心配もピークだ。

 

先生の笛が鳴った。

 

その瞬間、ぴったりと息を合わせた複数のピラミッドが完成し、全員が前を向いた。

 

会場は大きな拍手で包まれ、多くの保護者が泣いていた。

 

私は一気に緊張感が解かれて、その場にへなへなと座り込みたくなった。

 

組体操の後は娘にも笑顔が戻った。

係の仕事で走り回ったり、熱く応援したり、友達とふざけたり楽しそうだった。

 

どこでも全力投球。放課後の受験中心の生活でも手は抜かない。

一度も塾も休まず、勉強も頑張った。

だから私もこんなに頑張っていたことに気が付かなかったのかもしれない。

 

あれだけ受験勉強に力を尽くした一方で、

色々あった学校でも、積極的に係や役を引き受け、これだけ練習していたのか。

 

この子の可能性は計り知れない。そう思った。

 

小さな娘の体に宿る、大きな底力。

そして思いの強さを、思い知らされた運動会はこうして幕を閉じたのだった。

 

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