不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、7月。早稲アカ個人面談2。娘の課題に気が付く。

<早稲アカ個人面談2>

一人で練習を重ねた後は、会議前の打ち合わせの様に、夫に何を話す予定なのか伝えた。

 

基本的に夫が話す予定はないが、娘が在籍しているクラスにおいて、夫はいわば私達夫婦の「顔」であるからだ。

 

実際に勉強を見ているのは私だが、夫の雰囲気もあるのか、

迎えに行った際の『先生と会話量』を考えると、夫の方が圧倒的に多かった。

 

そこで、仕事の都合がつく限りは、夫が迎えに行くようにしていた。

もし個人面談で夫に質問が飛んだ際にも、夫婦でズレがない様

夫との意識の共有は大切だった。

 

当日の面談はスムーズに進んだ。

志望校の一覧をお渡しすると「現段階での志望校としてお預かりします」と先生はおっしゃった。

やはり多くの親御さんは7月から2月までの間に志望校も変更するのだなと思う。

 

先生側からも資料を渡され、お話が始まった。

今回の合不合判定テストを除く最近のテストから割り出した成績だ。

 

娘の夢のまた夢の学校については、特に不可能だとはおっしゃらず、ほっとした。

その他夏の過ごし方や今後についてのお話があった。

 

次に、私達が話す番になった。

 

私からは、娘は周りに比べて精神年齢が幼いこと。

行動が遅く、何をするにも時間がかかること、

生真面目な性格であることをお伝えした。

 

そして、
「どうぞ先生、笑い話として聞いていただきたいのですが」と前置き

K先生と初めての授業の国外追放のギャグで

「私はもう日本にはいられない」と泣いていた話もお伝えした。

 

K先生は驚いて

「何と。それは申し訳ないことをしました。あれはクラスでの生徒と普段からしている冗談でして。

そうでしたか。申し訳ないことをしました。以後新しい生徒が来た時には注意します」

と先生は何度も謝られた。

 

「いえいえ、わかっています。

『冗談に決まっているじゃない』と私も笑って伝えました。

『考えてみて。そんなにすぐ追放されたら、日本から人がいなくなっちゃうじゃないの』と言いました。

その辺りで本人もようやく意味が分かったようです。

今ではすっかり先生との掛け合いを楽しみにして、嬉しそうに帰ってきます」とお伝えした。

 

「ただ、その様な生真面目な性格が他に影響していないか心配しています。

例えば、ノートもそれはそれは丁寧に取っておりまして

板書が遅くてクラスで迷惑をかけていないか、ということも案じています。」と話すと、

 

K先生が「なるほど。そういうことでしたら、後で満月に伝えてください。

例えば、水槽の問題なんて、究極を言えば、これに棒でいいのです。

綺麗に書けるかより、書いた後、解き方をイメージできるかがということが重要だからです」

とK先生は1秒でUの字を書いた絵と横線を引いた図をお書きになった。

 

「確かにそうですね!」と私は感嘆の声を上げた。

 

さっき見た、娘のテストの筆跡が頭をよぎった。

確かに、いつも線分図や図形が丁寧に書かれ過ぎている。

ここに時間をかけるべきではないのに、そう思っていたのだ。

 

さすがベテラン先生だ。

スムーズな個人面談を経て、算数の糸口も見つけ、私は意気揚々と帰宅した。 

 

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