不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、10月。怒涛の十月。小さくストレス発散をし、まめにメンタルをケアしていく。私と娘の場合。

<怒涛の十月>

9月の合不合判定テストの後、一度だけYT週テストがあったが、

過去問が始まってどうにもこうにも回らなくなってきた。

 

最後の週テストは勉強せずに行くことになってしまい、結果も芳しくなかったが

ただ試験会場に行く機会は得られたので良しとしようと思った。

 

娘は緊張型腹痛という弱点があるのでテストの間隔を開けたくない。

すぐに次の合不合判定テストがやってくる。

 

前回白紙になったことが、どうやらトラウマになっている様で

今までと違い、テストの話題になると娘は暗くなってしまった。

それでも、頑張るしかない。

 

私達は過去問、過去問の直し、塾や難プロの宿題、補習、先生への質問。

そして弱点強化。

ハイスピードで駆け抜けた夏までと違い、

ゆっくりだがしっかりと勉強を重ねていた。

 

ともかくやることが多すぎた。

 

だからと言ってプレッシャーに負けてパンクしてしまうと大変なので、コツコツと固めていくしかない。

 

日曜日はNN難プロの後期が始まっていた。

娘はともかくNN難プロが大好きで、楽しそうに欠かさず通っていた。

難プロの先生は、ともかく話が面白いのだそうだ。

「塾へ行くことが楽しい」と娘が言うたびに先生に頭が上がらない思いがした。

 

生徒は複数の校舎から集まっているし、クラスもいくつかあるので

同じ校舎の友達と会える機会は登下校やお昼休み位。

 

それ以外は特におしゃべりもせず、ずっと勉強と向きあうのだが

娘の携帯からは帰宅前しか連絡が来なかった。

 

お弁当を持たせて日曜日の朝に校舎に届けると、夕方まではフリータイムだ。

 

日曜日、丸々難プロにいる間

私は自分を強制リセットする為に、その時間の間に映画に行くと決めていた。

 

テストの結果もしかり、過去問の結果もしかり

10月ともなると、いよいよ寝ても冷めても受験のことを考えるようになってしまい

自分のメンタルが心配だった。

 

いざ映画館へ行っても、さすがに毎週一本見たい映画があるわけではなく、

同じ映画を何度も見ることもあったし、

時にはドラゴンボールの映画を見たこともあったが

ともかく映画館に行く。強制的にシャットアウト。

これが大事だった。

 

映画館ではスマホの電源を落とす。

光そのものが迷惑になるので、私はマナーモードではなく、電源を落とすことにしている。

大音量、大画面に身を置くと、他の考え事ができない。

 

娘が不在の際、何をしても、すぐに受験のことを検索し出す自分がいる。

 

どうしたらスマホの電源を落とせるんだろうと考えた苦肉の策の映画館だが、

これがうまくいっていた。

 

一方で娘に休みはない。10月まで来ると、休める雰囲気もなかった。

 

優秀なお子さんはゲームをやったりテレビを見たりしながら

両立できるのかもしれないが、娘はそのタイプではない。

 

しかし時々、夕食に親戚が来て賑やかに共に食事をすることや

スイミングバスで友達や運転手さんと話すこと

登下校で友達と遊びながら帰宅すること、

そして校舎の友達と授業中盛り上がりながら過ごすこと。

 

娘は娘で無意識の割りに上手に休憩をしている様だった。

 

こうして、日々は怒涛の様に過ぎていった。

 

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