不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、10月。合不合判定テスト直前と当日。重たい雰囲気。

<10月の合不合判定テスト>

そして10月の合不合判定テストがやってきた。

私個人の意見としては、今このテストを受けさせたくなかった。

 

夏が終わった後、YT週テストが終わってしまい

組分けテストが終わってしまい、とうとう塾で受ける大きなテストは

この合不合判定テストのみになっていた。

 

この流れが良いとは思えなかった。

 

目的は1月、2月に合格をいただくことであって、模試ではない。

過去問を解く様になり、一層その思いが強くなっていた。

過去問を解けば一目瞭然だ。

どこが弱くて、どれ位歯が立たないのか全て結果が出る。

教科ごとの弱点も知ることができる。

 

過去問を丁寧に解き、解き直し、弱点分野を知って潰した方が

余程合格に近いのではないか?そういう想いがあった。

 

そもそも、私は自分の経験から、テストの合格判定を全く気にしていないし、

当てにしていないということもあった。

 

しかし、塾の仕組みとして避けては通れない。

前回国語の成績が悪かったので、受けざるを得なかった。

 

同じ塾の中でも、理由をつけて受けない選択肢をした人もいた。

一見「逃げる」ように思われるかもしれないが、それもありだと思う。

 

この時期のモチベーションは大切なので気持ちは分かったし、

その判断ができたご家庭が羨ましかった。

 

何とかネガティブな気持ちを払拭し

各教科の解き直しや見直しなど、通常通りのテスト対策をしてテスト当日を迎えた。

 

この時期、夫は長期の海外出張だった。

普段受験にほとんど関与していない夫だが、いなくなるとその存在がよくわかった。

時差があって、私とはテレビ電話をすることができるが

娘は寝ている時間なので、動画を録画して交換する位しかできなかったし

塾への送迎も、そして、合不合判定テスト当日の送迎も私がした。

 

こうなると、お互いに息が詰まってくる。

夫は娘にとって、息抜きとなるし、私の心の拠り所でもあったのかもしれない。

 

合不合判定テスト当日の娘も無口だった。

予想通り緊張型の腹痛が出たが、トイレに閉じこもるほどではなくほっとした。

 

そして、試験を終え、テスト会場から出てきた娘の顔は予想通り暗かった。

一目見て、良くなかったことが分かる。

 

「お疲れ様」と私が言うと

「できる限りのことはやってきた」と娘がきっぱり言った。

 

「計算ミスしちゃったよ」とも言わなかったし「頭が真っ白になった」とも言わなかったし
「お腹が痛くて辛かった」とも「嫌いな単元が出たよ」とも言わなかった。

 

「そう。ベストが尽くせて良かったね!」そう言い、私達は帰路についた。

 

いつもは夫とサーティーワンのアイスクリームを食べたり文房具を見に行ったり

少しリフレッシュして帰る娘だが、特に何もしたがらないので

家に帰って自己採点をした。

 

夫が不在の為、異なる風は入ってこない。

寝ても冷めても受験に心が侵食される。私と娘にとってそんな重たい時期だった。

 

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