不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、10月。合不合判定テストの後。不甲斐ない母親でごめんねと娘に謝った日。

<合不合判定テストの結果後。不甲斐ない母親でごめんねと謝った日>


偏差値を見た私は焦燥した。

偏差値55を下回りクラスダウンのボーダーラインを割っている。

 

前回まで合不合判定テストについてそれ程重視していなかった生活から一転。

ともかく今のクラスに在籍したいという娘を思うと苦しかった。

 

偏差値を見せた娘は当然の如く声を上げて泣いた。

あまりに痛々しく、その姿を見て私も泣いてしまった。

 

「母は女優になれ」といつも言われていたが、この時はパンクして

もうどうしようもなかった。

 

二人でウォンウォンと声を上げて泣いた。

 

どれ位時間がたったろう。

 

すっかり外が暗くなった後、私はこう言った。

 

「ごめんね。ママが至らなくて。本当にごめん。

Mちゃんの様に時給7500円の家庭教師の先生を雇ってあげることもできなくて、

二つの塾をかけ持つこともさせてあげられなくて、ごめん。

ママ塾で合不合判定テストの成績を伸ばしてあげられなくて、ごめん」

 

それを聞いた娘はびっくりして顔をあげた。

「何言ってるの。ママ違うよ」と娘が言う。

 

「ママがいなかったら私は一番下のクラスのままだったんだよ。

ここまで伸びたから今苦しいんだよ。

ママがいなかったら、憧れ校を知ることすらなかったし、

こんな風に悔しいとも、頑張ろうとも思わなかったよ。」

 

「それにね、私は優秀な他の先生より、ママと一緒に勉強できることの方が、

ずっと幸せだったよ。お腹を抱えて笑う話だってしたじゃん」


その言葉を聞いて、いよいよ涙が止まらなくなり、私は娘の前で嗚咽した。

何とも情けない母親だ。

 

「お腹を抱えて笑う話」というのは、

ある日、二人で勉強してきた時に娘と大笑いした日のことだ。

「ママ、初めてお腹を抱えて笑うってことがこういうことだってわかったよ」

と娘が言ったのだった。

 

娘はそれまでの人生で、お腹を抱えて笑ったことがなかったのだそうだ。

それから会う人会う人皆に

「お腹を抱えて笑ったことがあるか?」と質問し、私を驚かせたくらいだった。

 

「そうか、こればっかりは、私にしかできなかったな。」

私はこの言葉で初めて我に返った。

 

初めて自分のしてきたことに自信を持とうと立ち上がる勇気をもらったのだった。

 

そうじゃないか、そうじゃないか。

 

最初は偏差値35だったんじゃないか。

 

九九も怪しかったじゃないか。

通分もできなかったじゃないか。

「この子受験なんて無理っすよ」と個別塾に捨てられたじゃないか。

 

散々壁にぶつかって、泣いたり吐いたりして、

二人でここまで歩いて来たんじゃないか。

 

無我夢中で走ってきたことは、偏差値として表れなくても

ちゃんと娘の心には響いているじゃないか。

 

こうして散々泣いた私達は、再び立ち上がったのだった。

 

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