不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、10月。散々だったテスト後から日常を取り戻せ!

<散々だったテスト後から日常を取り戻せ>

夫はK先生との面談で、私達夫婦の気持ちや娘の意思を伝えたということだった。

 

K先生からは

「お嬢さんを受け持つ学年の講師全員の判断でクラスが決まるので

今、私から言えることは何もないのですが、ご両親のお気持ちは確かに伺いました。

他の講師に伝えます。

満月が落ち込んでいるとのことですので、声をかけてみます。」

と言っていただけたのだそうだ。

 

思っていた通りの流れだが、更にK先生らしい誠実さも加わり、優しさも加わり

大変心強く思った。

 

実際に娘が塾へ行くと、K先生から娘に声がかかって面談をしていただいたそうだ。

「成績が下がって先生に怒られるのかなって思ったけど

先生すごく優しかったし、元気が出たよ」と娘は言っていた。

 

K先生だけでなく、国語のI先生、理科のH先生、社会のI先生

それぞれから「満月、理科どうした~?」とあえて触れてくださったり、

「社会頑張りましたね!この調子です!」と褒めて下さったり

それぞれの形で、娘に叱咤激励の声をかけていただけた様だった。

 

小さなお気持ち、小さなお心遣いが本当にありがたかった。

 

『一人じゃないぞ。満月、頑張るぞ。これからだぞ。』

そんな先生方の優しさが娘に届いたに違いない。

娘にとって先生方の一言は、私がかける数百の言葉に等しい。

 

逃げずに塾へ行く。

それだけで精一杯だった娘は、先生方の優しさに触れ

少しずつ日常生活を送れる精神状態に戻っていった。

 

クラス発表が出るまで二人で粛々と勉強を続けた。集中力は落ちなかった。

 

これもみな、あの日、夫が作ったワンアクションによる効果だ。

そう思うと、夫への感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

程なくしてクラスが分かった。

娘はクラスダウンなく、現在のクラスに在席できると知った。

 

これは娘だけが特別な訳ではなく、

下のクラスから上がってくる人もいなかったので、全体的に動きがなかった様だった。

 

私と娘はその晩「良かった」と言って泣いた。

クラスダウンしたらしたで、やるしかないと腹をくくっていたが

できることならば、今まで築いてきたこの環境で受験を迎えたい。

 

あと2か月何とか食らいついて頑張っていきたいところだ。

 

一方で、首都圏模試センターの統一合不合判定テストも行われた。

基本に戻り、夫の付き添いで試験会場に向かった。

 

試験後、久しぶりに帰りに「ミスタードーナツを買ってから帰る」と

夫から連絡があった。

 

この二か月間、テスト後、寄り道もせずに家に帰っていたことを思うと、

甘いものをご褒美に買って帰るスタイルに戻れたことだけでも

大きな変化に感じた。

 

そして娘が帰宅した。

玄関先で「ママー!」と叫び声がする。

 

「どうだった?新しい試験は」と聞くと

「できた!算数かなりできた!!国語も今回は結構できた。理社も。

久しぶりに手応えがあったよ。解きながら自信を取り戻してきたよ」

 

そう言って娘は誇らしげな顔をした。

 

自己採点をするまで結果は分からないが、

今の気持ちを忘れないで欲しい、そう思った。

曇りのない、娘の爽やかな笑顔を久しぶりに見たのだった。

 

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