不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、11月。志望校選び四苦八苦。11月の時点の様子。

<志望校選び四苦八苦。11月時点での志望校の様子その1>

成績のアップダウンがあり、先の見えない娘の状態だ。

夫婦で散々話し合いながら志望校の模索をしていた。

 

過去問を解く兼ね合いでいつまでも迷ってはいられないのだが

1月入試の学校選びも考えると、まだ決定はできなかった。

 

11月の時点でほぼ確定していたのは3校だった。

 

まず娘の憧れ校。

だるまさんに名前を書いていただいたほど娘が切望し憧れている学校だ。

この先どれほど揺らいだとしても、これほど娘が好きになった学校なので

ここを受けなければ後悔するだろうと夫婦で話していた。

 

中学受験の世界で第一志望に入れるのは本当に一握り。

娘もそうなるかもしれない。

 

しかし、無理やり諦めさせて、他の学校を受けさせたら、きっと娘に悔いが残る。

受験をしたいと言ったのも娘だ。

ともかく頑張ってきたのだ。最後まで悔いが残らないよう、全力を出させてあげたかった。


偏差値的に憧れ校とあまり差がない、もう一つの志望校は

割と後半、私が活発的に歩き回って再び学校選びをしている中で突発的に現れた。

 

学校に初めて伺った日、つまり初対面での一目惚れに近かった。

人に例えると、全方向イケメンの様な学校だ。

好きにならない人はいるのだろうかと思う程、

どこから見ても清々しいほどきちんとしていて、欠点が見つからなかった。

完璧だと感じた。

 

その後、夫を連れて再びその学校へ行ったが、

全体的にお父様が前に立つご家族が多いからか、お会いする先生も私より夫にお話になった。

そんな影響もあって、夫も気に入り受験しようという流れになっていた。

 

ただし、憧れ校と違うこととしては、

こちらの学校は、出会ってからの期間が短い分、

この先の成績や精神面での状態如何によってはあきらめることも可能だった。

 

現段階では過去問を解いて備えておくが

状況によるともしかすると諦めるかもしれない。そういう位置づけだった。


三つ目の学校は、逆に言うと、付き合いも長く

「この先成績が下がったとしても受験しよう」と早くから決めていた学校だ。

 

偏差値的には、憧れ校よりぐっと下がるが、ともかく私達家族との相性が良く

ご縁を感じる学校だった。

 

私達は学校の持ち偏差値は気にしていなかった。

学校の持ち偏差値は、気に入った学校が現れた時に、

「子どもが入ることができるかどうかを考える目安」であって、

「良い偏差値の学校へ行けば良い」というわけではないと思っていたからだ。

 

ゆえに、私達家族にとって学校の持ち偏差値は全く問題ではなかった。

肝心なことは、娘が気持ちが良く6年間通えるかどうかということに他ならない。

 

三つ目の学校は、随分前から何度も足を運んでいた学校で

都度家族で何度も話し合ってきたが、夫においては「俺の第一志望」ときっぱり言う程惚れ込んでいたし

私も「是非娘を預かっていただきたい」と言いきれるほど素敵な学校だった。

「この学校へ入学できれば、きっと人を大切にできる純粋で真っ直ぐな人物になれるだろう」と夫婦でよく話をした。

 

娘としても度重なる体験授業や説明会を経て

憧れ校とこちらの学校は、かなり早い段階から受験することを決めていた様だった。

 

(明日の後編に続く)

 

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