不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、11月。折れてしまった私に援軍がやってきた。

<援軍きたる>

電話の主は、私が独身時代に働いていた会社の先輩Rさんだった。

Rさんとは「会社の先輩後輩」という枠を大きく超えたお付き合いをしていた。

 

私の人生に起きた様々なトラブルを

「こんなに若いうちに経験しなくていいことなのに。可哀想に」と言いながら

幾度も助けてもらった。

 

その恩は一生かけても忘れられない。

 

家族の為ならもちろんこの身を投げ出すが、

家族以外で同様にこの人の為なら何でもすると思える唯一無二の存在。

私にとって神様のように大切な人だった。

 

そして、なぜだろうか。

本当にピンチの時にいつもこうやって連絡をいただく。

しばらく会っていなくても、まるで見えているかのようだ。

 

そんな一本の電話だった。

 

私はRさんと話をする時は、何も隠さないし言葉も濁さない。

とても頭が良く鋭い方だ。

何か言葉に含みを持たせたとしても、すぐに見抜かれてしまうし、失礼に値する気がした。

 

受験の経緯、小学校での出来事、志望校も偏差値も状況も、何もかも話した。

 

最近のことでは、四谷大塚の合不合判定テストに苦しめられていること。

思うように偏差値が出ないこと。

首都圏模試センターの統一合不合判定テストでは結果が出たこと。

 

何より本人は前向きに受験に向かっているのに、

ここに来て私の体が動かなくなったこと。

 

不甲斐ない。不甲斐ない。何度も「不甲斐なくて」という言葉を言い

大泣きしながらRさんに全てを話した。

 

Rさんは優しく「そうだったの。」「わかるわ」と言いながら私の話を聞いてくれた。

 

Rさんもお子さんの中学受験に伴走したことがある。

娘とは比べ物にならない程優秀なお子さんだが、

それでもRさんが「側にいる気持ちは痛いほどよくわかるわ」と言ってくれて嬉しかった。

 

涙と共に勢いがついてしまった私は途中で自分の言葉を止められない。

一通り私が全てを吐き出し切るまで、Rさんは優しく聞いていてくれた。

 

そして聞き終わった後、きっぱりした口調で先輩はこう言った。

 

「よく頑張ったわね!もう大丈夫よ。」

 

「いい?

今から満月さんの『苦しみ』も『痛み』も『辛いこと』も、全部私が引き受けます。

そして、『満月ちゃんのお腹の痛み』もこれから全部私が引き受けるわ。

満月ちゃんにもそう伝えてちょうだい。

もう怖くない。

全部Rさんが引き受けてくれたからって。

 

だから安心してやりたいことを全力でやって。」

 

「ここまでよく頑張りました!」

そうRさんはきっぱりとおっしゃった。

 

「Rさーーーーん・・・」と言って私はうぉんうぉんと泣いた。

 

電話を置いた後、脳裏に浮かんだのは戦国時代だった。

 

そう、自分は敵に追い込まれ、完全に不利な状況の中、孤立無援でもがいていた。

もう駄目だ。時間の問題だ。このままでは負けてしまうと言う考えが頭をよぎっていた。

心が折れそうなギリギリのところだった。

 

そこにまさかの援軍が現れた。まさかRさんの軍がこんなところまで来てくれるとは。

 

私はこの日のことは忘れない。

援軍が来て、形勢は一気に逆転したのだった。

 

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