不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、12月。合不合判定テスト自己採点算数。

<12月最後の合不合判定テスト自己採点_算数>

いよいよ最後の四谷大塚の合不合判定テストの自己採点の時間が始まった。

泣いても笑ってもこれで終わり。残すは本番の入試になる。

もう最初の入試まで一ヶ月を切っていた。

 

「よしっ!じゃあ何から行きますか?」と聞くと

「算数」と娘が即答した。

 

散々泣かされた合不合判定テストだったが、

算数は国語に比べればずっと安定していた。

 

憧れ校には到底及ばないとしても、算数が安定していることは重要なことなので

私としては十分だと思っていた。

 

しかし娘と担当であるK先生はそうではなかったようだった。

「実力はもっとある。」「もっと点数が取れるはずだ」「偏差値60以上行けるはずだ」

という想いが強かったし、どのテストも納得しなかったようだ。

 

算数がモチベーションの全てである娘にとって、

合格判定でAを取るよりも、偏差値60以上を取ることの方が大事だった。

 

長らく「偏差値よりも目標点数を取れるかが大切だ」と目標点数を重視で来たが

さすがに受験1ヶ月前ともなると偏差値を無視せずにはいられない。

娘も偏差値のアップダウンに振り回されるようになっていた。

 

いつも通り、娘が自分が解いた問題にある答えを読みあげる。

 

問題用紙には娘が計算した形跡が残っているが、ふと横目で見て

随分計算の文字が読みやすく書けていることに気がついた。

 

最初の頃は急ぎ過ぎて字が雑になり、自分の計算メモを読み間違えて

ミスにつながったこともあった。

 

都度工夫して、計算を解く場所や、文字の大きさなど、

どうしたら読みやすく早く書けて、かつミスを防げるか工夫をしてきた。

 

それもいつの間にか完成形になっている様だった。

 

娘との自己採点は一つの儀式で、私達にとって神聖で大切な時間だった。

あまりに時間をかける為、夫は呆れて離席する。

 

最後の模試も一つ丸を付けるごとに「よしっ!」と二人で拳を引いた。

何十回も繰り返してきたこの自己採点の時間もいよいよ最後だと思うと

つの丸を付けるだけで涙が出そうだ。

この問題に丸が付く力がつくまで、どれだけ勉強して来ただろうと思う。

 

「この問題は飛ばした。私にとっては時間がかかるから捨てた」という問題も出てきた。
「咄嗟の判断が随分早くなったね」と褒めると「ありがとう」と言って娘は微笑んだ。

 

残念ながら正答率100%ではなく、いくつか勘違いもあり

「かー!!」と娘が悔しがる問題もあった。

 

そしていよいよ「これで最後」と娘が言った。私の手の動きを凝視する。

私は勢いよく〇をつけて、「正解!」と言った。

 

最後の算数の点数は、夏前のベストと同じ102点だった。

 

しかし

「自分にとって解くべき問題が分かったし、時間配分もできた。だから点数が取れた」

と言って娘は嬉しそうだ。

 

そうか、憧れ校の算数をイメージしているのか。

全ての原動力はそこにあるのだなと思う。

 

娘はずば抜けた点数を取った時よりも、ずっと手応えを感じ、誇らしい顔をしていた。

 

こうして最後の模試の算数の自己採点を終えた。

 

(つづく)

 

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