不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、12月。最後の志望校がようやく決まる。

<最後の志望校>

最後の志望校を決めたのは12月の合不合判定テストの後だった。

 

なぜこの学校を今まで見ていなかったのか。

それは立地にあった。

 

車で行こうとすると、かなり時間がかかる場所だと知っていたので、

距離的にとても通える場所ではないと除外していたのだ。

 

しかし快速に乗れば、それほど時間がかからないことにある日気がついた。

そこで見に行くことにしたのだった。

 

駅につくと山並みが見えた。

突然圧倒される自然に身を置き、随分遠くまで来たと感じた。

 

その後バスに乗って移動した。

 

案内してくれた生徒さんは、とてもしっかりしていらして

質問に何でも答えてくださった。

 

印象的だったのは「今日どうしてこのお仕事をなさっているのですか?」

という質問に対し

「私がやりたいと思って立候補したのです」とにっこり笑顔でお答えになったことだ。

 

お会いした生徒さんは、確かに何百人、何千人といる在校生の一部かもしれない。

それでもお会いしたからには縁がある。そう思ってきた。

 

この日私の対応をしてくださった生徒さんとも何らかのご縁がある。

その生徒さんに優しく丁寧に答えていただけてとても良い印象を得た。

 

またこの学校にはお父様を中心とした会(任意参加)もあった。

学校公認の組織でボランティアとして活動しているらしい。

 

娘が保育園の頃、夫はイクメンとして先生からもパパ友さんやママ友さんからも

人気だったし、いつも輪の中にいて楽しそうだった。

 

小学校に入り、ママ中心の世界になり、入りにくそうに距離を取った夫だったが

もしこの学校に進学したら、夫はお父様を中心とした団体の会員になり

文化祭や体育祭をはじめとする様々な活動に参加するだろう。

再び腕まくりして張り切る夫のイキイキした顔が浮かんだ。

 

私としても給食があるということはありがたかった。

お弁当をたまに作るのは楽しいが、毎日作ることは随分プレッシャーだったからだ。

 

説明会では、必ず先生にも質問することにしているが

その日、先生に質問をしたところ「少しお待ちください」と先生が確認の為に

離席なさり、何と当時の校長先生がわざわざ私の席に来てくださった。

 

今まで何十校という学校の見学や説明会に出てきたが、

校長先生が一保護者の席まで来てくださったことはない。

異例中の異例で驚いたし、その日のご対応も、後日送られてきた本も何もかもに感動した。

 

華やかな学校の印象から一転。

とても丁寧な印象を持った。

ここならば娘を安心してお預けできる、そう思った。

 

私はピンときて夫や娘にその様子を力説し、話し合って最後の1校をこの学校にすることに決めた。

その後、K先生に報告し、ようやく最終的な志望校が固まった。

 

最終的な志望校を絞り込めたのは、既に1月校の出願も始まっている

12月半ばのことだった。

 

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