不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、12月。2学期の終業式。心配していた通知表が配られる。

<そして通知表>

腸炎の後無事に学校に戻り終業式を迎えた。

 

「通知表が気になるから、できるだけ早く帰ってきてね」と伝えたが

「今日位は友達とゆっくり帰りたい」と娘が言う。

「それもそうだね。ゆっくりしてきてね」と見送った。

 

今日の終業式を終えると冬期講習と正月特訓が始まる。

その後すぐに1月校の入試がある。娘の視点で見ると休みはない。

いよいよだった。

 

1月校最初の入試は3学期に入ってすぐだ。

登下校のお友達とも普段仲良くしてくれているお友達ともしばらく会えなくなる。

 

塾が同じ友達は冬期講習でも顔は合わすことがあるが、

違うクラスとの交流はどんどん減っていた。

 

娘は自習室を意図して使わせないようにしていたので尚更だった。

正月特訓もNNで受ける。

 

私達親もそうで、お迎えで顔を合わしても

遠くでペコっとお辞儀をして終わるようになっていた。

お互いに病気にならないよう配慮している感じもあった。

 

塾の友達とも、ここからは慎重にならなくてはいけない。

 

娘には徹底して「聞かない。言わない」を教えてきた。

受験校も教えない。合否も教えない。友達にも聞かない。

電話番号も交換しないようにしていた。

 

誰がどこに合格したかを聞いて焦るのは嫌だったし、

逆に誰かの不合格を知った後、娘がどう反応したかによって

人間関係の揉め事に巻き込まれる可能性もある。


みんなが繊細になる時期だ。自分の受験だけに集中させたかった。

 

娘は思ったよりも早く帰ってきた。

通学路の一番遠い場所にいるのに、家の前まで友達と帰ってくるあたりが面白い。

友達の家は学校の近くなので

バイバイと言った後、友達は走って今来た道を戻って行った。

 

「お帰り!通知表どうだった?」と聞くと

「まだよく見ていないんだよ」と娘がランドセルから引っぱり出した。

 

所見には

「〇〇長として自覚と責任を持って計画や運営ができた」ということから始まり

「水泳大会のリレーの選手として活躍したこと」など、

娘が学校で頑張ってきたことが今回は丁寧に書いてあった。

 

また結びの部分には

「その日の課題をじっくりと捉えてから、考えを整理してノートに書き出しています」

とあった。

 

2学期の所見を読むと、「課題」が具体化されたようにも読むことができる。

1学期の初見にある「満月さんには課題があります」という言葉のインパクトは薄れるかもしれない。

 

夫に休暇を取ってもらい、夫婦でわざわざ個人面談でじっくり話した甲斐があったと

ほっとした。

 

娘によると、私達の個人面談の後、クラスで用紙が配られ、各々がしてきた役割や

表彰されたことなどを全て書き出すようにと指示があったそうだ。

 

他の受験生の親御さんも同じく今頃ほっとしているに違いない。

 

こうして2学期が終了した。

 

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