不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

小6、1月。受験2日目。受験校へ到着。受験を待ちながら体力を回復させる

<受験2日目。受験校へ到着したとの連絡。待ちながら体力を回復させる>

受験2日目。二人が出発した後は、食器を洗い、部屋を簡単に片づけた。

掃除機をかけるにはまだ早い。東京は朝雪が降って寒かった。

 

7:51夫から連絡が来た。

 

「無事に到着。良い顔してたよ。知っている早稲アカの先生はいなかった」とあった。

 

「ありがとう。お腹は大丈夫そう?」予め用意してあった文章を送る。

 

夫がLINEを見るのは、送迎後一瞬で、すぐにまた移動するのでスマホを見なくなってしまう。

その前にお腹の調子だけ確認したかった。

 

「全く問題なし!」と力強い返事が来てほっとした。

 

安心したので湯たんぽを抱えてベッドに向かった。

果報は寝て待てと言う言葉通り。

今は何をすることもできない。とりあえず横になろう。

 

冬期講習が終わってから、どうやって娘に伴走しようか迷っていた。

私が圧倒的に睡眠不足になっているし疲労がたまっている。

 

娘は早寝早起き。眠ることが得意な娘は横になるとすぐに眠る。

長くて3分位、早ければ数十秒で眠りにつく。

 

睡眠時間もたっぷりとっているので、娘と一緒のタイミングで眠れれば問題ないが、

私は娘が寝た後の仕事も多く寝不足気味だった。

 

と同時に、あの手この手で娘を笑わせていることもあり、体力も消耗していた。

 

夏のママ塾の時に似ている。

 

ひとつ違うことは、あの頃と違い、私がつきっきりで側にいなくても

娘は勝手にその日のルーティンをこなし始めるということだ。

 

朝起きると日々の計算と漢字をする。

その後、過去問を解く。

 

その日解くべき過去問が終わったら、私が採点し二人で解き直しと漢字※の復習をする。

 

過去問の最中は音も立てられない。

私は影を潜めひっそりとしているのでかなり気を使う。

いっそ娘に任せ、過去問が2科目終わった時間に起きて

そこから娘の伴走をするのでも良いかもしれない。

 

ベッドでストレッチをしながらそう思った。

 

その後、ほんのりあたたかい湯たんぽで体を温めながら、私は仮眠した。

目をつぶってもそうそう簡単に眠れる状況ではないが

うつらうつらしながら午前中をやり過ごした。

 

11時頃起きて部屋の掃除をし、昼食を食べた。

今朝の残りのミネストローネスープとパンとサラダのランチプレートだ。

 

時計を見ると13時。夫からはまだ連絡がこないが、心配になってLINEを打つ。

「試験が終わったら手応えを聞いて教えてください」

 

入試が始まってから、娘の様子の伝達がとても大事なものになっていた。

どんなことがあっても、「おかえり。疲れたでしょう。あたたまろう!」と優しく迎え

「頑張ったね、頑張ったね。」とニコニコしているし、あれこれ聞かない。

 

あれこれ聞かない為にも、事前に情報を得ることが重要だった。

 

「算数は120点中100点位取れた。国語も割とできた。理社も結構できた」と夫から返信が来た。

よしっ!と一人でつぶやく。

 

合否は結果が出るまで分からないが、まずは悔いなく戦えたようでほっとした。

 

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※直前の漢字練習にはこの問題集を使っていました。見やすく使いやすかったです。
間違えた漢字は徹底して復習しました。