不屈の闘志 -娘と私の2年間 偏差値35からの中学受験-

鬼が出るか蛇が出るか。唐突に中学受験をすることになった母と娘。偏差値35から偏差値62。紆余曲折2年間の回顧録

火蓋が切られた。屈辱の日。

<忘れられない日>

 
 
うってかわって明るい笑顔の責任者がやってきた。

「お母様!どうでした?お嬢さん一生懸命頑張っていたそうですね!」と白々しく言う。
先ほどの講師と授業内容の確認もしないのだろうか。

横に娘がいる。長くなるのは避けたい。しかし、
娘の人生の為にも、けじめはつけておこう。
 
「改めてお伺いしますが、娘がこちらに通う目的を、ご理解いただいていますか」
 
責任者はうなずく。「もちろんです!」と言う。
 
「そうですか。わからない点を教えていただく為に通塾したいと、申し上げたのですが、御社では、ご対応は難しいですか。」

とても冷たく、そう聞いた。自分の声が、まるで他人の声のように聞こえた。
 
責任者は慌てた。「とんでもございません。うちは、個別指導です。生徒さんに合わせて個別に対応していきます」と。
 
「とんでもございません」か。
この期に及んで、まともな敬語も使えないことにあきれる。

「そうですか。通分ができないから、受験は無理だ、と今日の先生がおっしゃって」と私は続ける。
 
「え?」と責任者も驚く。

「通分ができない。それなら、ただ、通分を教えれば済む話だと思うのですが、御社では、通分も教えられないのですか」
 
無表情のまま、私が言う。
 
責任者は慌てている。授業を担当した者と話がしたい、お時間を頂きたいと。
 
もはや、どうでも良い話だ。1ミリの興味もない。
 
「申し訳ないのですが、目的もご理解いただけず、また、目的をご理解いただいたところで、ご対応いただけない場所に、時間もお金も使うことはできません。」
 
「今回限りでやめさせていただきます」 
 
そう言って踵を返した。
心は怒りに満ちていたが、恐ろしく冷たい表情をしているのが、自分でもわかった。
 
声も荒立てず、言葉も選んだつもりだが、横を見ると娘が驚いて目を見開いていた。
こんな私を見るのは初めてだろう。
 
凍り付いている娘を「行こう」と促し、止めてくる責任者を無視して、エレベーターに乗り込んだ。
 

少し歩いて、娘に何が食べたいか聞いた。
娘は黙って、私の様子をうかがっている。
 
やがて、「おうどんが食べたいな」と言った。
「パパとよく行くうどん屋さんが近くにあるから、そこに行こうよ」と。
娘なりの気遣いだったのだと思う。
 
あの席が空いているとか、天ぷらがあるとか、さつまいも天が美味しいとか、不自然なほど娘は喋っていた。
いたたまれない気持ちで、うどんを食べた。
娘も食べ始めた。
 
『絶対に負けない。負けてなるものか。絶対に何とかしてやる』
『この先どれほど大変だとしても、私はこの日を忘れない。そして絶対に負けない』
 
火蓋が切られた。
こうして、この日、ママ塾が誕生したのであった。
 
 

にほんブログ村 受験ブログへ にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(早稲アカ)へ  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(サピックス)へ  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(自宅学習組)へ  ブログランキング・にほんブログ村へ